会話の狭間に落ちた人。(視点:田中)

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会話の狭間に落ちた人。(視点:田中)

「それで、結局何を選んだの?」 「秘密!!」  何でだよ。俺達にすら打ち明けられないって一体どんなプレゼントだ。いや、品がおかしいんじゃなくて短銃に恥ずかしいだけか。 「別に恭子さんへバラしたりしないよ?」  橋本が微妙にズレた返しをした。そこが引っ掛かっているわけではないと思う。 「嫌だ! 教えたくない!」 「どうしてさ」 「内面を曝け出すようで耐えられない! プレゼントを選ぶ過程で恭子さんについて思考したって言っただろ!? その品物をお前らに教えるっていうのは、俺の中にある恭子さんのイメージをぶちまけるような感じがする! たとえ橋本と田中が相手だとしてもその羞恥の感覚には耐えられない!」  ……そこまで言われるとマジで気になって来るじゃないか。もしかして、綿貫の中で恭子さんはよっぽど美化されているのかね。でも、酔い潰れたりポンコツだったりする部分もちゃんと認識はしているみたいだからおかしなフィルターはかかっていないと思うけど。……いないよな。いや、恋は盲目って言うもんな……。一方、わかったよ、と橋本は首を振った。 「そんなに嫌なら言わなくていいや」 「あれ、意外とあっさり引き下がるんだな」  俺の言葉に、そりゃそうだよ、と肩を竦める。 「綿貫がこいつなりに葛藤しているのはよくわかる。好きな人に告白しないって決めて、でもその人にプレゼントをあげるために必死で色々考えたんでしょ。そういうデリケートな心境をいじるのは親友として如何なものかと思うからね」  何だかむしろ嫌な予感がする。橋本が真っ当な意見を述べると、裏がある気がしてならない。しかし綿貫は、ありがとう! と素直に橋本の両肩へ手を置いた。 「お前はやっぱりいい奴だ橋本! そんなの当たり前か、だって俺の親友だもんな!」  いきなりちょっとだけ自分を高い位置に置いたな。俺の目に狂いはないって意味の発言だもの。自覚は無いだろうけどさ。 「ところで葵さんに電話を掛けてもいい?」  え、と綿貫は固まった。橋本は遠慮なくスマホを取り出す。 「綿貫とどんなプレゼントを選んだのか訊こうと思って」 「え? あれ? お前、言わなくていいって」 「そうだね」 「じゃあ何で葵さんに電話をするんだよ!?」 「綿貫が喋りたくないなら同伴者に尋ねるまで」 「意味わからん! 葵さんを巻き込むな!」  おい、と一応二人に割り込む。 「今は女子会中だろ。ホテルに四人でお泊りだ。だからこうして俺らも三人で飲んでいるわけ。忘れたのか?」  俺の言葉に、覚えているよ、と橋本はあっさり応じた。 「じゃあ向こうの邪魔をしたら駄目だろ」 「逆だよ。あっちに恭子さんがいるのなら、電話を代わって貰えるかも知れないじゃん。そうしたらこっちも綿貫に代わるよ。ちゃんと、来週のクリスマス・デート、よろしくお願いしますって伝えるんだぞ」  ……橋本の目をじっと見詰める。なにさ、と見返して来るその黒目は微妙に揺れていた。 「あ、橋本! お前も実は結構酔っ払っているな!?」 「そんなことないよ。俺は全然酔ってない」 「酔っている奴に限ってそう言うんだよ! お前、あんまり顔に出ないから酔ってもこっちはいつも気付かないんだ! だけど唯一、黒目が揺れているのが飲み過ぎた時のサインだって高橋さんが教えてくれたもんね!」 「えー、佳奈と田中、何したのぉ?」  予想以上に駄目っぽいな! 「お前と一緒にするなバカ!」 「俺より田中の方がひどいもんねー」  しまった! また藪蛇発言をしてしまった! 「いやいや、橋本くらいいい性格をしている奴もなかなかいないぞ」  そんでもって綿貫はわかりやすく酔っ払っている! マジで一度も橋本の発言の違和感に気付かないんだもの! 「よし、じゃあ葵さんに電話するね。それとも田中から掛ける?」  クソ、どんどんわかりやすくこっちをいじり始めた! いや、と短く答えて首を振る。 「じゃあ俺が掛けるよ?」 「いやぁ、でもやっぱ女子会の邪魔をするのは良くないんじゃないかな」 「おい橋本! 葵さんを巻き込むな! あの人は俺が何をプレゼントするか、知らないんだから!」 「そっちは別に聞けなくてもいいよ。恭子さんに代わって貰うから」  ぎゃあぁ、と綿貫が悲鳴を上げた。また店員さんが飛んできちゃうぞ。 「今、話せるわけないだろ!? 恭子さんを想いながらプレゼントを選びましたって話をした後にご本人と電話で会話なんて照れ死ぬわ!」  しかし橋本はどこ吹く風、スマホを耳に当てた。よせぇ、と綿貫が組み付く。 「あ、ちょっとやめてよ。暴力反対」 「精神的暴力も駄目だわ!」 「あんまり引っ付かないでよ。暑苦しい」 「嫌ならやめろ!」 「なかなか出ないなぁ」 「だったら諦めろ!」  揉み合っている最中、頼んだ! と橋本が俺にスマホを差し出した。誰が受け取るか! と叩き落そうかと思ったのだが、酒瓶を倒しそうになったので咄嗟に取り上げる。反射的に画面を見ると、呼び出し中、と表示されていた。そうか! 今ならまだ繋がる前に切れるじゃないか。うん、そうだ。切ってしまえ! 急いで切断ボタンを押そうと指を伸ばした、のだが。  通話中、にステータスが切り替わった。もしもし、と受話器から聞き慣れた声が響いてくる。……。…………。 「……もしもし」 「何の用だよ橋本君、こんな夜中にさ。おまけにこちとら女子会中なんだが」 「……あの」 「あん?」 「取り敢えずこんばんは、葵さん」  しばしの沈黙の後。 「田中、君?」 「あ、どうも。はい」 「……何やってんだお前ら」 「……泥酔?」 「アホ」  葵さんと通話が繋がってしまった。違うんですよ、と慌てて釈明を始める。 「綿貫が葵さんと恭子さんへのクリスマスプレゼントを選んだって聞いた橋本がどんな品をあげるのか訊き出したいって言い始めて、勝手に電話を掛けたんです。それで、照れた綿貫が橋本へ組み付いてもみくちゃになったから、急遽俺に電話を渡されたわけでして。その、戦犯は橋本です」  あのなぁ、と葵さんは受話器の向こうで溜息を吐いた。 「私らが今、四人でお泊り中なのは君らも知っているだろう。咲ちゃんも佳奈ちゃんも此処にいるのだから」 「存じております。俺は止めたんですよ? やめた方がいいって」 「本気で止める気があるのなら、まず掛けさせるな。スマホを取り上げろ。綿貫君と組んで二対一になれば余裕で勝てただろ」  物凄い正論だな。ちょっと怒ってらっしゃるらしい。当たり前かぁ……お泊り女子会中に酔って電話を掛けて来るなんて迷惑以外のなにものでもないもんなぁ。 「仰る通りでございます」 「取り敢えず咲ちゃんに代わるわ」  ほれ、という声と、何事ですか、と咲の返事が遠くに聞こえた。 「橋本君の電話から私のスマホに着信があった。そして話しているのは田中君だ」 「え、え? 橋本君ではなく?」 「君の愛しの旦那様だよ」 「まだ旦那ではありませんが」 「早く代わってあげとくれ。きっと咲ちゃんを恋しがっているだろうから」 「葵さんに言われると複雑なんですけど」 「そうかい。じゃあお詫びのチューでもしようかな」 「あっ……」 「ふふっ、何度してもいいものだねぇ」 「葵さん……」  電話の向こうで何をやっているんだ。俺と通話中なんだぞ。一方、こっちのテーブルの向こうでは。 「田中! 葵さんと何を話しているの!? プレゼントを聞き出すの、忘れないでよ!」 「だから葵さんは俺が買った物を知らないんだってば! 一緒にいる間は靴下しか買わなかったの!」 「わかった! 下着だな!? 葵さんなら間違いなく恭子さんのサイズを把握しているもん!」 「誰が買うかぁ! 変態じゃないかぁ! 店先で捕まるわ!」 「綿貫。そのために葵さんを味方につけたのだとしたら、俺はお前を尊敬するよ! プレゼントのためなら合法的に恭子さんのブラのサイズを」 「うっさい! 買ってない! そんな卑怯な真似、しない!」 「じゃあ今、電話で正々堂々と聞いてきな!」 「聞くわけない! 俺、変態じゃない!」 「顔、赤くなってる! 綿貫のスケベ!」 「違うわい! これはお前と揉み合っているからじゃい!」  こっちはこっちでカオスだ。いちゃついている一番好きな人と二番目に好きな人。わちゃわちゃやっている最も大切な親友二人。そこの間に挟まれた俺は、静かに電話を切った。そして騒ぐ橋本の前にスマホを戻し、一旦店の外に出る。 夜の風に当たりたい気分になった。皆、俺のことをバカだのアホだの人の心が無いだの言うし、その通りの行動を取ったけどさ。皆も割とはっちゃけ過ぎだと思うの。橋本は綿貫も俺もいじりまくるし。綿貫は綿貫で頑固だし照れすぎだし声がデカいし情緒が目まぐるしく入れ替わり過ぎだし。葵さんは咲にすぐチューするし。咲は満更でもなさそうだし。その人達の真ん中に立って、会話の狭間に落っこちたら風の一つにも当たりたくなる。  見上げると、夜空には七割くらいの太さの月が浮かんでいた。ぼーっと眺める。結局、人ってよくわかんないな。橋本の行き過ぎスレスレないじり方も、綿貫の絶対に告白しないという強情さも、葵さんの気持ちも、咲の葵さんに向けている感情も、一から十まで理解することは不可能だ。それこそテレパシーでも使えない限り。だから人は戸惑うし、傷付くし、喜ぶし幸せを感じる。ただ、時折疲れを覚える。一人で静かに落ち着きたくなる。だけどすぐに気になり始めるのだ。橋本と綿貫は店員さんに怒られてはおるまいか。葵さんと咲は楽しくお喋りしているかな。恭子さんと高橋さんは一軍女子オーラを全開にして恋バナに花を咲かせていそうだ。ひねくれ者と、長年一人だった超能力者には眩し過ぎるに違いないから、優しく話の輪に入れてあげて欲しいなぁ。二人とも、そんな気もちゃんと遣える人だし、お泊り女子会をするくらい仲良しだもの。  そんな風に思考が相手へ向き始めたら、伸びと深呼吸をしてまた俺も皆の元へ戻るのだ。ただ、ちょっとだけまだ気が乗らない。最後の一押しが足りない感じ。このまま戻って橋本と綿貫というダブル酔っ払いの取っ組み合いを眺めていても、呆れと冷ややかな感情だけが湧き出そう。そう思っていた、その時。
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