第3話 無しの少女②

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 だが、代わりに得た異能力により、少しだけ寂しさは和らいでいた。先見で視る夢の中には、九十九などが存在しない。  ただただ、己の手で麺麭などを生み出す光景が見えるのだ。その努力などに、幼い頃から憧れを抱いて、地道に麺麭作りをしてきたことで再現が可能となった。その今の生活は、九十九が居なくても誇りに思っている。 「こっちに持ってこようか?」 「いいさ。あっちで食べるよ。寝過ぎて少し体がゴキゴキ言うねえ?」 「わかった」  移動するとなれば、茶くらい用意しよう。  湯を沸かしに行こうと、煮炊き場に向かう途中……廊下にある窓の方に珍しい人影が見えたのだ。  役人らしき、仕立ての良い衣服に冠。  供人がいなくて一人ではあったが、片目に眼帯を覆っていた。その横顔にどこか見覚えがあったが、うちには関係がないと恋花は煮炊き場の方に行った。  だが、湯を沸かそうとした時に。先程子どもらが騒いでいた方の扉から、軽くだが来訪を告げるような叩く音が聞こえてきた。 「すまない。ここは、玉蘭殿のお住まいか?」  耳通りの良い、低い男の声。  窓向こうから、ちらりと見えた役人だろうか。しかし、相手は恋花ではなく玉蘭を訪ねてきたと言う。祖母は起き上がって、食卓の方に行ったかもしれないだろうが……扉向こうの訪問者を無視するわけにはいかない。
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