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お裁き
暖己。
やっと顔が見られて、オレは嬉しくなる。
ぜんぜん喜んでいられる状況じゃないんだけど、それでも、やっぱり嬉しい。
「笙介、取り込み中にすまんなあ……だが、これはダメだろ」
ぞろぞろと春日井の男性陣が、部屋に入ってくる。
大旦那さま、当代旦那さま、若さま、そして、笙介さまのお父上である新木の旦那さま。
その後ろに、暖己とオレの上司ふたり。
「勢ぞろいですか……何だってわざわざ邪魔しに来るんです?」
笙介さまがものっすごく不機嫌な声で言う。
「邪魔しにきたのではなく、話があると言っておいたのに姿をくらましたおまえを捜しにきたのだよ」
新木の旦那さまがそう言って肩を落とした。
そうだ。
交流会のあとで、新木家の跡継ぎの話と笙介さまにどの執事をつけるかと言う話をすることになっていた。
ってことはもう、交流会は終わったのか?
歳を取っていても上司たちの動きはすばらしい。
腰が心配にはなるけれど、オレが身体を預けているソファはそのままに、サクサクと椅子を配置して皆さまの席を整える。
引き替えオレときたら。
しょんぼりしつつもせめてと身体を起こしたら、暖己が手を貸してくれて、オレの服を整えてくれた。
「ああ、梨本はそのまま」
好々爺然とした大旦那さまが言いながら腰を下ろして、他の皆さまも椅子に腰掛ける。
渋々笙介さまもオレから離れて椅子におさまられた。
上司ふたりと暖己は、皆さまの背後に立って控える。
オレは、大旦那さまの言葉でソファに置かれたまま。
それもまた情けなさに拍車をかける。
「さて、それでは話をしようか」
大旦那さまの見た目に騙されてはいけない。
その表情を見て、何度も繰り返されたせりふを思い出した。
この交流会までの半年、笙介さまは試されていた。
本家と一番近い分家、新木の当主を引き継げるかどうか。
そしてオレも同様に試されていたのだ。
笙介さまの執事になれるかどうか。
総会も企業業績も問題なし。
交流会の準備も上々で、このままいけるかというときに、笙介さまはやらかしてしまった。
それが、オレに酒を飲ませて襲おうとした件。
絶対に気の迷いだと思うのだ。
緊張の糸が切れて、そこにいたオレにすがってしまっただけ、そう言ったオレの頭に、しれっとした顔で拳骨を落としたのは暖己。
笙介さまは泣きそうな顔をして、他の方々は深々とため息をつかれた。
「仕事の出来と本人の感情のバランス、悪すぎないか?」
「わたしの指導が至らず、申し訳ございません」
旦那さまのつっこみに、上司が頭を下げる。
「それが梨本の魅力と言えば魅力なんだが……いささか、情緒が幼くないか。しかもこれじゃあ、笙介とは相性が悪いだろう」
「左様でございますね」
大旦那さまのお言葉にうなずくのは、暖己の上司。
「笙介さまにお仕えするのは、やはり桐山の方が」
「それはやめてください」
「お前はわがままを言える立場じゃないと思うよ」
上司の台詞に笙介さまが反対を唱えて、若さまに呆れられていた。
ふわふわと会話が通過していく。
せめてきちんと話を聞いていなくてはと思うのに、皆さまのお姿は朧になって、声が通りすぎていく。
夢うつつに、笙介さまと暖己の声がした。
きりっとしているけど冷たいわけではなくて、誠実な温度を感じる暖己の声。
「わたしどもは、誠心誠意、お仕えしております」
「知っている」
「何よりも優先して、お仕えしているのです。皆さまはわたしどもにとって、大切にするべき方々で、恋情を抱く相手ではないのです。色恋やそれ以上の思いでもって、大事にしているのです。それが梨本の……わたしどもの矜持なのです。どうぞ、その気持ちを汲んでやってくださいませ」
「だから、応えられないと? それを、お前の口から聞かされるのか」
「笙介さまは聡いお方でいらっしゃいます。梨本が、笙介さまに甘いことも流されやすいことも、お分かりの上で事を起こされましたね?」
応えた笙介さまの声は、少し震えていたように思う。
「それでも……わかっていても、おれにとっては、手に入れたい存在だったんだよ」
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