寝室の物語

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「ねえ。ニイル坊っちゃんっていうのは」  言いかけて彼女は黙った。  産まれてこなかった赤ちゃんは男の子だったことを、僕は覚えていたし、彼女は絶対に忘れないだろう。 「ニイル坊ちゃんはどうなったの?」  彼女は質問を変えた。  ほんとうはどっちでもいいんだ。  どうなってもいいし、どっちでもいい。  この先、赤ちゃんを授かっても授からなくても。  彼女がいてくれたら、それでいい。    でも結婚生活というものは、多少なりとも僕に学びを与えてくれた。  どっちでもいい、なんて言ったら彼女をまた怒らせる。  その怒りには、悲しみと思いやりと愛情が複雑に絡み合っているのだ。  彼女は今も時々お腹をなでるのだ。身体的にも大変な体験をしたのに。  彼女は僕より年上であることと、赤ちゃんのことで、責任を感じ続けている。  あるべき姿に向かってひとりで闘い続けている。  ひとりじゃないってことと、闘わなくていいってこと、どうしたら伝わるのかな。 「ニイル坊ちゃんはどうなったの?」  彼女はもう一度聞いた。 「弾けたままなんて、かわいそうだわ」 「もちろんニイル坊ちゃんは生まれ変わったよ」 「ほんとうに?」 「今夜はこの部屋に来ているかもしれないよ」 「ほんとうに?」  疑り深いのが彼女のかわいいところだ。 「怒る気持ちが、なくなってしまったでしょう」  僕の言葉に彼女は唇をとがらせた。  その唇に僕はキスと物語を贈ろう。  子どもにお話を作って聞かせるのは素敵かもしれないけど、彼女が僕に耳を傾けてくれるなら、それでいい。    気持ちを分け合うためのお話をしよう。  いつのときも。 《 完 》
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