坂道王国の物語

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 ニイル坊ちゃんは、すーっと息を吸い込み続けました。  ニイル坊ちゃんは人々の怒る気持ちを吸い込み続けたのです。  たいへん苦くてけんのんな怒りでした。  だけどニイル坊ちゃんはそうしないわけにはいかないのです。  ニイル坊ちゃんは、そのためにつかわされたのですから。  おまけに、今や誰もニイル坊ちゃんにレモンクッキーを焼いてくれなくなりました。  怒りが次から次へとわきあがってくるものですから、人々は、怒りが吸い取られたことに気がつかないのです。  それにもしも、ニイル坊ちゃんに気がつくひとがいても、レモンクッキーを焼くのは困難だったでしょう。  レモン畑は荒れ果てていましたし、何より美味しいクッキーには卵が欠かせないものです。  坂道王国では卵はぜんぜん産まれなくなってしまったのです。  しかたないのでニイル坊ちゃんは、時々レモンを召し上がって苦みに堪えながら、人々の怒りを吸い取って歩いているのでした。  でもあるとき。  お伝えするのはほんとうに辛いことですけれど。  ニイル坊ちゃんの胸は弾けてしまったのです。  きっと怒る気持ちを吸い込み過ぎたのでしょう。  恋焦がれて胸が破れるかのように、ニイル坊ちゃんの胸は弾けて、その中身は飛び散ってしまいました。
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