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ニイル坊ちゃんの胸から飛び散ったものは、無数の小さな小さな粒となって坂道王国に降り注ぎました。
女王さまはその小さな一粒を手のひらに受け取りました。
そしてそれをぱくりとお召し上がりになりました。
それはもちろんニイル坊ちゃんが、かって吸い込んだ怒りでした。
その粒は、いろいろな人々の怒る感情が入り混じり、たいそう複雑な味になっておりました。
それにレモンの風味がとっても酸っぱくて、それなのに後味はかすかにかすかに、甘いのです。
女王さまは王様が死んで以来、初めて涙を流されました。
怒る気持ちの奥底には、こんなにも苦くて複雑に酸っぱくて、心かきむしるような味のあることを、お分かりになったのです。
女王さまは、王様のために、カナリアのために、自分のために、民衆のために、涙を流されました。
坂道王国の人々もまた、小さな小さな粒を口にしては泣きました。
こうして三日三晩、人々は泣き続け、雌鳥は卵を産み、卵から新しい雄鶏が産まれる頃には、坂道王国からは怒るということがすっかり失われたのでした。
それはね。正直に申しますと、たしかに時にはぷんすか怒ってしまうことなんかもありますよ。
そんなときにはニイル坊ちゃんのことを思い出すのです。
ニイル坊ちゃんと失われたカナリアと雄鶏と、甘酸っぱいレモンクッキーのことを。
ね。
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