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「裕佳!違うんだ…」
黒田は沈痛な面持ちで、必死に体を起き上がらせようとしていた。そして、濱田先輩がそれを必死に止めようと、ベッドの上で黒田に抱き着くような形で抑え込んでいた。
『黒田さん落ち着いて!』
当直医と私は黒田のベッドに駆け寄って、黒田を抑えるのを手伝った。
当直医の指示で、鎮静剤をということで濱田先輩が詰所に薬を取りに行く。
「動いたら命に関わるかも…あなた、危険な状態なんですよ!」と、当直医が怒鳴る。
その声を聞きつけて、黒田の妻が「政春…」と病室のドアから部屋を覗き込んだ。
「裕佳?ご、誤解なんだ…っく…祥子とはもう何もないんだ…」
妻の声が聞こえた黒田は必死に弁明をする。
そうしているうちに、濱田先輩が薬を用意してきて医師が注射を施行した。
やれやれ、これで少し落ち着くかなと思ったが、甘かった。
「もう祥子には会わないって約束したのに…ここにいたってことは、一緒にいたってことなんでしょう?」と、裕佳はまた顔を歪めてシクシクと泣き始める。
黒田はまだ体を起こそうとして「ち…違うんだ」と、私たちの抑える手に抗おうとする。
「動かないで…奥さんも刺激しないで!」
そう制する私の言葉は完全に無視される。
「嘘つき…」
「本当だって」
黒田の体から徐々に力が抜けていく。
「今更信じられないよ…」
裕佳はそう言うと、顔にハンカチを当てて声を殺して泣いた。
黒田は鎮静剤が効いてきて微睡み始めた。
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