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黒田の表情が緩み、体の力が抜けたことを確認して、私は裕佳を部屋の隅の椅子へ座らせた。
当直医と濱田先輩は、やれやれと呆れ顔で詰所へ戻って行った。
夫の事故、怪我、入院、そして愛人との遭遇。想像だにしていない出来事の数々に、尋常じゃないほどのストレスだろう。冷静になって考えると、とっても不憫な人だ。
そういえば、先程から祥子の姿が見えないが、きっと騒動に乗じて逃げ帰ったのだろう。どう考えても"愛人"である立場は分が悪い。
私はいつまでも泣いている裕佳の背中をさすると、裕佳は静かに口を開いた。
「先ほどは押し倒して申し訳ありませんでした…あの女…祥子は私の友達だったんですけど、夫と不倫関係にあることがわかって――…」
裕佳の話では、祥子と黒田の不倫関係を知って、一時は離婚届を突きつけたのだという。だが、黒田が「祥子とはキッパリ別れる」「二度と二人で会わない」と約束してくれたことで、やり直すことにしていた。そして、そんな矢先の今日の事故だったのだと言った。
私は、黒田が言っていたことを裕佳に伝えようかと口を開きかけたが、それが事実であるかもわからないので、余計なことは言うべきではないなと、口をつぐんだ。
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