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「私、妊娠しているんです…だけど、こんなことに…これからやっていく自信ない…」
裕佳は、またメソメソと涙を流した。
私は裕佳の告白と、涙に心動かされ、黙っていることが出来なくなった。
「あの…余計なことかもしれませんが……」
と、そこまで言いながらも、やはりまた躊躇する。
私のこの一言で、この夫婦の未来を変えてしまうのではないだろうか。いや、言わなくても同じことだ。私はもうこの夫婦に関わってしまっている。それなら、このくらいは伝えてもいいのでは?
裕佳は続きの言葉を待って、潤んだ瞳で私を見つめる。
「黒田さん、入院してきた時も痛みで朦朧としていましたが、うわ言で"ユカ"と何度も奥様を呼んでおられましたよ。人は辛い時、無意識に愛しい人の名前を呼んでしまうものです。若い男性だと"お母さん"っていうのが一番多いように思いますけどね」
私がそう伝えると、裕佳は破顔した。
「バカ…」と、裕佳はベッドで眠っている黒田の方を慈しむように見つめた。そして、腹部を優しく撫でている。
「それに、絶対安静だと言われていて、相当痛いはずなのに、裕佳さんへの誤解を解きたくて必死になる姿に偽りはないと思いますよ」
私がそう伝えると、薄暗かった病室が徐々に明るくなった。
あぁ、朝だ…
永い夜が明けたのだ。
私は急にやることが山積みである現実を思い出して、どっと疲労感に襲われた。だが、待ち遠しかった朝を迎えられたことに安堵した。
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