永い夜

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 患者の黒田は外来で鎮静剤を投与されており、病棟に着いた頃には顔を苦痛に歪めたままウトウトしていた。うわ言で「ユカ…ユカ…」と女の名前を何度か呼んでいた。  付き添いの妻らしき女性が、病室の前でソワソワと心配そうに右往左往している。この人がなのだろうか。三十代半ばくらいの薄化粧のサイドに長い髪を束ねた地味目の女性だ。  その女性に声をかけようかと思った時、私は外来のおばちゃん看護師に呼び止められた。  「仁上ちゃん、引継ぎいい?」  外来のおばちゃん看護師より情報をもらう。  黒田は車の単独事故による受傷。全身の検査では危険な出血はなく、緊急手術は回避。明日、改めて精密検査の予定で、それまではベッド上で絶対安静だ。骨折部がズレて大きな血管を傷つけたものなら命に係わるため、上体を起こすことすら制限される。   「あの付き添いの方は、奥さんですか?」  私が外来のおばちゃん看護師に尋ねると、おばちゃん看護師は眉間に皺を寄せて、困ったというように私に耳打ちした。  「それが何も言ってくれないのよ…救急車で一緒に乗って来たんだけど、黒田さんとの関係を聞いてもはぐらかすの…だから―…」  おばちゃん看護師はそこまで言うと、ニヤリと笑った。  「――え!?もしかして…」  私が驚いて見せると「十中八九、だと思うわ」と言った。そして「そういうことで、書類関係まっさら〜…じゃ、ヨロシクー」  おばちゃん看護師は、引き継ぎ書を私に手渡して足取り軽やかに去って行った。  「愛人…?」  外来のうちにちゃんと関係を確認して、妻じゃないなら帰してよねぇ…と、おばちゃん看護師の職務怠慢に少し苛立ちを覚えた。そして、暗い廊下に佇む女を眺めて、ため息が出た。
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