20人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの…黒田さんに、会わせていただけませんか?黒田さんは、大丈夫でしょうか」
女性の手はひんやりと冷たく、じっとりと湿っていた。
潤んだ瞳で真っすぐに見つめられたが、私は「ご家族じゃない方に、患者さま本人の了承なしに情報はお伝えできません」と説明した。
非情だがルールはルールだ。ルールは守っていただく。
他人の夫との色恋沙汰もルール違反だと思うが、そのことに関しては私の管轄外なので口出しは出来ない。だが、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
「じゃあ、本人に確認してください!祥子が会いたいって言っているって伝えて」
「いえ、あの…もうお時間も遅いので…」
私はどうにか諦めさせようとするが、祥子と名乗ったその女はどんどん感情的になり、声も次第に大きくなる。
「本人が了承したら、いいんでしょう?聞いてきてよ」
急に態度を豹変させた女に、私はすっかり怯んでしまった。
これ以上ヒートアップさせては、他の患者さんの迷惑になる。それに、会うにしても会わないにしても、早くしなければ黒田の妻が来てしまう。
私は渋々「では聞いてきますが、ご本人が会わないと言った場合には速やかにお引き取りいただきます」と、女に告げて黒田の元へと急いだ。
静かだった病棟に、ナースコールが鳴った。
私は反射的に体が反応したが、すぐに森本が対応している様子が見えた。
あぁ、通常業務に戻りたい…
いつもは少々面倒だな思うナースコールだが、率先してコール対応したいと思ってしまう程に、この女の対応が煩わしく感じる。
私はコールが鳴った病室へ向かう森本の背中を見送って、ため息をついた。
最初のコメントを投稿しよう!