20人が本棚に入れています
本棚に追加
裕佳とは黒田の妻だろうか…祥子は妻とも知り合いなのか…?
一瞬そんなことを考えたが、今はそれどころではない。
一刻も早く、どうにかこの女を院外へと追い出さなくては…
それこそ裕佳と鉢合わせでもしたら、大変な騒動になって他の患者も起きてしまうだろう。
そんな私の危惧を知る由もない黒田は、ここが病院で、真夜中であることを忘れて祥子に向かって怒鳴り散らした。
「もう終わりだって、何度も言っているだろう!帰ってくれ…っく…帰れっ!」
男性の怒鳴り声に、祥子だけではなく私もビクっと肩を揺らして竦んでしまう。
黒田は痛みが増したのだろう。辛そうに顔を歪め、ハァハァと息を荒げている。
祥子は顔を赤くして、ハラハラと目から涙が零れた。
私は動揺を隠して「もうお引き取りください」と、労うように震える祥子の肩にそっと手を置いた。
「仁上…大丈夫?」
詰所から濱田先輩が心配そうに顔を覗かせた。
私はコクリと頷き「ここはお願いします」と、濱田先輩に黒田のことを任せて、傷心してすっかり静かになった祥子を病棟のエレベーター乗り場まで誘導する。
可哀想だが、ひとまずこれでこの女が帰ってくれれば一安心だ…
―――ティントン…
私が安堵の気持ちで降下のボタンを押そうとした時、丁度よくエレベーター到着のチャイムが鳴り、ゆっくりと扉が開いた。
暗い廊下に、明るく照らされたエレベーター内部。私は眩しくて目を細めた。そして、そこから上品な装いの三十代半ばほどの女性が降りてきて、私たちと鉢合わせる。
「え…祥子?」
「祐佳…」
エレベーターを降りた女性が、怪訝な顔で「なん…で?」と、祥子に問いかける。
顔を背けて俯いた祥子の顔は引きつっていた。
―――いやぁぁぁ!
私は心の中で、ムンクのごとく叫んだ。
最初のコメントを投稿しよう!