12年ぶりの殺人

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「久しぶり。元気してたか?」 「おぅ久しぶり。僕は元気だったよ。毎日毎日、残業続きだけど、辞めたいと思ったことは1度もないよ」 「そっか。じゃあこの町出て正解だったんだな」  12年ぶりに帰ってきた地元の町で出迎えてくれたのは、親友の前島だった。    30手前ってこともあって年齢が顔に出てきた感じはするものの、それ以外は18の時の前島そのもので、あの頃と変わらない前島が、僕の前にいた。 「よかった、前島が変わってなくて安心したよ」 「……いやいや変わったよ。俺もこの町も」 「お前がいなかった12年ってのは長かった。変わるなっていう方が無理があるよ」  どこか残念そうに話す前島。僕の見た感じでは、町も対して変わったようには見えなかった。強いて言えば、3時間に1本出ていたコミュニティバスのバス停がなくなって、タクシー乗り場になっていたことくらいか。 「結実ちゃん家の床屋なくなったし、ラーメンはしぐちは、土日の昼間しかやってない。落合じいさん、今は施設にいるし、町にあった唯一の小学校も来年で閉校になる」 「……嘘だろ。せめて、あの学校はなくしちゃいけないだろ」 「嘘なんかついて、何になる。これが現実だ」 「でも、電話では1度もそんなこと言ってなかったじゃないか?」 「言えるわけないだろ。ドラマ作りたいって夢語って町を出ていった親友に、今、うちの町大変なんだって言えるわけないだろ」  僕は、生まれ育った町の現状を全く知らなかった。いや、知ろうとしなかった。自分の地元は、いつ挫折して帰っても許してもらえるような理想郷であって欲しいと思っていたからだ。 「町の名前がまだ残っているだけ、奇跡だと思った方がいい。合併の話だけでいえば、もう何度も出てはいる」 「そうだったのか。ごめんな、気付かなくて」 「いいんだよ。別にお前のせいじゃないし、むしろ町を出て戦っているお前の姿は、俺にとって励みになったよ」 「逆に、謝るのは、俺の方だよ」 「前島が謝る必要こそないだろ」 「いや、この話をしたら、お前は俺のことを親友だなんて呼んではくれなくなるかもな」 「いやいや、僕らはいつだって親友だろ」  人付き合いが得意ではない僕は、友だちと呼べるような存在は少ない。親友の前島を除いたら、この町で友だちだなんて呼べる人は2人くらいしない。その2人のことも、友だちとは呼べるけれど親友ではない。 「……俺さ、止められなかった」 「職場の先輩が、落合じいさんのことを、物忘れや虚言癖があるって判断して、半ば強引に施設に入れたんだ。その方が、町の合併の話が上手く進みそうだからってな」 「これまで、何度も合併の話は出ていたんだが、落合じいさんが町の人を盛り上げ、団結させ、みんなで大反対することで、合併を阻止していたんだ」 「じゃあ、落合じいさんは本当は施設に入る必要なんて?」 「ああ、なかった」 「落合じいさんは活気もあったし、虚言癖なんてなかった。だけど、俺は先輩のことを止められず」 「いや、でも、前島は仕事をしただけだろ?」 「仕事をしたと言えば聞こえはいいのかも知れないけれど、俺はあの場で止めるべきだった。俺はこの町にとって落合じいさんがどんな存在か分かっていたのに、止められなかった」  本当に、変わったんだな。12年で、前島もこの町も。僕の知らない情報ばかりでてくる。 「町の人を助けるために、町役場で働き始めたのに、俺、何やってるんだろうな」   「こないだも、町のコミュニティバスを廃止に追いやったタクシー会社の社長に、俺、へこへこ頭下げながら、笑顔で『ありがとうございます』って言ってるんだぜ? 何にもありがたくないのにな」 「な、俺はそんな人間なんだよ。お前と親友でいられるような人間ではない」 「いや、それを言ったら僕だって最低なことたくさんやってきてるよ」 「こないだだって、主演の女優がわがままばっかり言うもんだから、知り合いの記者から聞いたスキャンダルをちらつかせて、無理矢理言うことを聞かせた。人としてどうかとは思うけれど、こっちも飯を食ってかないといけないからな、なりふりかまっていられないんだよ」 「僕は、どんなに悪者扱いされても辞めねーよ。僕がしなければ、他の人間が同じようなことをする。前城の件だって同じだ。前城が止めたところで、先輩は、聞く耳を持たなかっただろうし、止められたとしても、どうせ次の誰かが同じことをするだけだから、誰かにされるくらいなら僕がする」 「善意とか、自分の考えとか、どれほどの自分を殺して、これまで働いていたことか。でも、働くってそういうことでしょ?」 「そっか。お互い、大変だな」 「本当、大変だよ。学校終わったらすぐ、前島の家に行ってさ、シューティングゲームで敵を殺してたあの頃が懐かしいで」 「ああ、懐かしいな。楽しくて楽しくて仕方なかったな」 「あのシューティングゲーム、久しぶりにやりたいな〜」 「ん? あのシューティングゲーム、まだ家にあるぞ? 久しぶりに、一緒にやるか?」  12年ぶりに、前島の家に行って久しぶりにシューティングゲームをする。たくさんの敵を倒す。実に、12年ぶりの殺人だ。  もちろん、ゲームの中での話ね。    
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