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「不倫だなんてよくある話だから、別に責めるつもりはない。ただ、自宅に不倫相手を連れ込むのは詰めが甘かったな。浮気するならバレないようにしろ。それが今回の教訓だ」
「……」
広香は実家に、不倫の証拠まで送りつけたらしかった。そうまでして自分を追い詰める妻の徹底ぶりに、頭の血管が切れそうになるほど怒りが募る。
「今からでも遅くはない、広香さんに謝って、関係を修復しなさい」
「けど……」
「金なら好きなだけ払ってやればいい。だが、離婚はダメだ。不倫ごときで離婚したなんて知られたら、お前に結婚祝いをくれた親戚に、顔向けできないだろう。橋田家の恥になりたくなければ、どんな手を使ってでも広香さんを取り戻すんだ」
「わかりました……」
父の強い口調に、自分には広香を連れ戻すしか選択肢がないことを悟り、渉はぐっと握り拳に力を込めた。
****
会社からの帰り道、スマホの通知画面を見ながら広香はため息をついた。
直接の連絡はやめてくれと伝えたはずなのに、相変わらず渉からの連絡は途絶えなかった。
特に今日はしつこく、もう朝から何十件も着信がある。
内容証明を送ってからもう数週間が経とうとしているが、渉からの返答はまだ来ていない。
このまま期限を超えても無視を続けるようであれば、離婚調停を家庭裁判所に申し立てなければならない。その準備もすでにできてはいるが、離婚まで長丁場になりそうな予感がして、広香は憂鬱だった。
もうすっかり季節は夏に移り変わり、お腹は服を着ていてもわかるほど膨らんできた。臨月まではまだ時間がある。
(絶対に守るからね)
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