10 幸せな記憶【最終回】

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 呪文のように「僕は悪くない」と何度もつぶやくと、徐々に心が落ち着いてきた。    冷静になれば、自分は女に振り回されてきた人生だった。過保護な母親に進学先も就職先も決められ、人生で初めて自ら選んだ妻には見放され、酷い扱いを受けた。そして、再婚してもいいと思っていた不倫相手は家事もろくにできない女で、便利だと思っていた女は狂ったメンヘラ女になってしまった。  どこで間違ったんだろうか。  やはり、広香に不倫がバレてしまったのが不幸の始まりだったのかもしれない。  もしもう一度人生をやり直せるなら、今度は妻が自分に逆らうことのないように厳しく調教するつもりだ。そうすれば、不倫ごときで騒ぐこともない。夫を支える理想的な妻になるはずだ。  バクバクとなっていた心臓も静まり、そろそろ駅の方に戻ろうかと階段のほうに足を向けると、どこかで見覚えのあるピンク色の手帳が目に入った。 「あれ……広香が持っていたのと同じ……?」  あの日、広香の前でビリビリに破いた手帳は、広香の妊娠が分かった時に安産を願う神社で購入したものだった。  妊娠期間中の思い出を書いたり、エコー写真を貼り付けて、産まれた子供にプレゼントするのが最近の流行りらしく、広香はいつもその手帳を持ち歩いていた。 「赤ちゃんが大きくなったら、これを見せてあげるの」  広香は手帳を腕に抱きながら、嬉しそうにそう言った。  しかし、その手帳には結局、自分への不満や愚痴、離婚を進めるためのメモが書かれていた。それを見た時、夫のありがたみがわからない最悪な女だと、こんな女が母親になれるわけがないと、頭に血が上った。  
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