10 幸せな記憶【最終回】

6/9
前へ
/84ページ
次へ
 この手帳にも、どうせ愚痴や不満ばかりが綴られているのではないかと、興味本位で手帳を手に取ろうとしゃがむと、ふと表紙に書いてある名前が目についた。 「橋田……?」  中身を見ようとかがんだその瞬間、後ろからトンと背中を押された。 「え……?」  手をついて身体を支えようとしたが、もう遅かった。   「うわぁあああああ」  渉は長い階段を、頭からゴロゴロとあちらこちらをぶつけながら落ちていった。  全身が痛い。動きたくても痛みで少しも動けそうにない。頭からダラダラと血が流れているのがわかった。 『バイバイ、パパ』    薄れていく意識の中で、そんな言葉が聞こえた気がした。         ****  1年後。広香は、すやすやと眠る息子を抱き抱えながら、弁護士と最後の打ち合わせをしていた。 「やっと終わりましたね。新しい就職先も決まったようでよかったです」 「はい!色々とありがとうございました。先生にお願いして本当によかったです」  あれから内容証明に関する返答はなく、離婚調停に進んだが、それでも裁判所に渉は現れなかった。  というより、裁判所に行ける身体ではなかったのだ。  渉は歩道橋から何者かに突き落とされ、首の骨を骨折した。その時に頭を強く打っており、しばらくは意識も戻らなかったらしい。    渉の代理人として対応した義両親は、離婚や慰謝料を払うことに最後まで渋っており、なかなか話し合いではまとまらなかったが、不倫の証拠や普段の夫の態度をすべて記録していたこともあり、結局300万の慰謝料の支払いと毎月の養育費の支払いに決まった。  
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!

449人が本棚に入れています
本棚に追加