10 幸せな記憶【最終回】

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 広香は困惑の色を顔に浮かべながら、その手帳を受け取った。 「渉さんが道に落ちていたのを拾ったらしいです。まあ、気分的にもよくないと思うので、必要なければこちらで処分してもいいんですが……」 「いえ、一応持ち帰ります。ありがとうございます」  そう言って立ち上がった後、広香はもう一度お礼をいい、広香は弁護士事務所をあとにした。    駅までの道を歩きながら、手帳を開いた。  これが本当に、自分と一緒にタイムリープし、自分を助けてくれた手帳ならば、こうやってまた自分の手元にまた戻ってくるのも不思議ではなかった。  日記の欄を確認すると、過去に戻ってきた4月22日で日記は止まっていた。その先のページを見ても真っ白で、まるで自分の暗い過去がすっかり消えてリセットされているようだった。    元々、この日記は妊娠中の思い出や産まれてくる赤ちゃんへの思いを綴るために買ったものだった。しかし、いつの間にか渉に対しての愚痴や不満。妊娠中の苦しさ。将来への不安。そんな暗い内容で埋め尽くされてしまった。いつか子供が大きくなったら見せてあげようと思っていたが、あのままではとても見せられたものではなかった。  4月22日。その日までの日記は、広香がまだ渉の裏切りに気付く前。悪阻に苦しみながらも、まだ未来に対する希望を失っていない頃。赤ちゃんの誕生をただただ心待ちにしていた時期のことだ。 「ふぇ……」
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