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成り行きで一緒に下校したのをきっかけに旭とノエルは時々登下校を共にするようになった。 ノエルに懇切丁寧に現代吸血鬼事情についてレクチャーした日の帰り道、二人は今まで行きも帰りも大体同じバスに乗り合わせていたことを知った。 二人共基本的に他人に関心がなく各々読書をしたりスマホでパズルゲームに熱中していた為、同じバスにクラスメイトが乗り合わせていることに全く気が付いていなかったわけだが、知ってしまったからには目につくし、目が合ったのに無視するというのもおかしな話だ。 「……おはよう」 「おはよー!」 朝に弱い旭が半分眠ったままぎこちなく挨拶をし、朝から元気いっぱいのノエルがぶんぶんと手を振りながら旭の隣の席に座り込む。 「ここ座っていい?とか聞きなよ」 「座っていい?」 「……いいけど」 「旭くんめんどくさーい!」 急にノエルと一緒に行動することが増えたので旭は恋バナとゴシップ好きな数人の同級生から「お前あの不思議ちゃんと付き合ってんの?」とひやかされたが、旭は「ありえない。方向一緒なだけ」と完全否定した。 しかしどれだけ否定しても、神宮寺旭と佐藤ノエルが付き合いだしたらしい!ダウナーダンピールと吸血鬼マニアのカップル爆誕?!とまことしやかに囁かれているのを旭は知っている。 知ってはいるが、害は無いので放置している。 「寒いねー!」 「そんなに脚出してるからじゃない?見てるだけで寒い」 「旭くんそれセクハラーだよ?黒タイツ無敵論だから」 「何それ」 毎朝待ち合わせをしているわけでもなく何となく同じバスに乗り合わせ、学校に着くまで軽口を叩き合う。朝が弱く午前十時まではほぼ病人状態の旭だったが、ノエルは相槌を打たなくても勝手に喋るので不都合がなかった。 「そのバッグチャーム、可愛いねぇ」 青白い顔をした旭が大事そうに抱え込んでいるバックパックにぶら下がっている太陽と月が絡み合うようにデザインされたキーホルダーに気が付き、ノエルが黒いマニュキアに彩られた指でツンっとバッグチャームをつつくと、旭は「……あぁ、これはダンピールマーク」と如何にも気だるげな声で言った。 「ダンピールマーク?」 「ダンピールです。日中は気分が悪くなることもあります。道端で倒れてたら日陰に運んで救急車呼んでください。学生なのに朝から座ってすみませんみたいな意思表示をするマークだよ。マタニティマークやヘルプマークと似たような感じかな」 旭がボールチェーンを弄びながら不明瞭な発音でぼそぼそと説明すると、ノエルは「そっか、旭くん朝はしんどそうだもんね」と言って軽く眉根を寄せた。 「なんか旭くんと話してると私って全然世界のこと知らなかったんだなーってびっくりする」 「奇遇だね、僕もだよ」 「朝の旭くん、ちょっと皮肉強めで気だるげだから映画の吸血鬼っぽいよね。推していい?」 「ただの日光アレルギーだから。やめて」 ツッコミにもキレが無い。朝の旭は覇気がなく弱々しい。 「ウケる。ところで日光アレルギーって?」 「日光を浴びると疲れやすかったり、肌が火傷したみたいに爛れたりする症状のこと。吸血鬼やダンピールに多い」 「え、灰にはならないの?」 「ノエルは映画の見過ぎ」 旭がぴしゃりとそう言うと、ノエルは聞いているのかいないのか最近旭の真似をして食べ始めたミントタブレットを掌に取りバリバリと噛み砕いた。 口の中にレモンとミントの清涼感が広がる。 ノエルがケースをシャカシャカと振って「食べる?」と聞くと、旭は無言で首を振った。 「旭くんはさぁ、そんなに朝弱いのに夜間の吸血鬼が通う学校に行こうとは思わなかったの?日中しんどくないの?」 ノエルが兼ねてからの疑問を口にすると、旭はズレてもいない黒マスクを直して車窓の外に目をやった。 「しんどいよ。でも僕はダンピールの中でもかなり人間寄りというか、吸血鬼っぽい弱点のある人間みたいな存在だから、そっちでは多分絶対やってけないと思う。あそこは吸血鬼のフィジカルエリート、吸血鬼の中の吸血鬼が集まる所だから」 旭は物憂げにそう言うと制服のポケットから頓服用の血液錠剤を出し、無心でガリガリと噛み砕いた。今朝は一際日光アレルギーの症状が重いようだ。 「ああいう学校は、カリキュラムも特別で吸血鬼としての能力が特に優れてないと厳しいんだよ。人間で喩えるなら音楽科とか体育科みたいな。生まれながらに特別な才能があって物心ついた時から特別な訓練を受けた精鋭しかそもそも受からないんだよ。うちの学校にも吸血鬼がそれなりの数いるでしょ。みんな僕みたいに自分は夜の者の中では勝負出来ないと判断したか、受験はしたけど落ちたんだと思うよ」 「へぇ、何か世知辛いね」 「吸血鬼として生まれたからってさ、みんながみんな、華々しい人生を送れるわけじゃないよ。そこは人間だって同じでしょ」 同じバスの中に吸血鬼の同級生や先輩後輩の姿がちらほら見えるのに配慮して旭が声を潜めて説明すると、ノエルはそれに気付いた様子もなく「考えてもみなかった……」と半ば独り言のように呟いた。 「そして夜の者専用の学校の中でも御三家と呼ばれる進学校に受かった精鋭達は在学中に飛行、念動力、催眠術、変身能力等を磨き上げて仲間達と切磋琢磨し卒業後は吸血鬼犯罪対策課に就職するヒトが多いよ」 「あっ、そうなんだ。職業訓練校的な?じゃあ旭くんのパパも?」 「あのヒトは変だからうちの学校の卒業生です」 「あ、そういえば太陽平気なんだっけ。日光浴趣味なんだもんね」 「全然平気。そもそもショートスリーパーであんまり寝ないから昼も夜も起きてて無駄に元気。ていうか迷惑」 「どうして旭くんのパパは夜の者、……ゴサンケ?に行かなかったの?」 旭は同じ制服を着た生徒が乗客の半分を占める車内で落ち着きなく周りをきょろきょろと見渡すと、バスの走行音で掻き消されそうな小さな声で「……母さんと、同じ学校に行きたかったんだって」とノエルに耳打ちした。 「え、ラブコメ?乙女じゃん」 「馬鹿なんだよ。そもそもうちの父さんは吸血鬼が持っていそうな能力は大体持ってるし何でも出来ちゃうヒトだから夜の者御三家に行って鍛えて貰う必要がなかったんだよ。生まれた瞬間に吸血鬼犯罪対策課行きが決まっていたようなもんだし。血統採用ってやつ」 「チートだねぇ」 「なろう系主人公を地で行くんだよあのヒトは」 旭がため息混じりにそう言うと、ノエルは「そう言う旭くんもやれやれ系主人公っぽいよ」とメタいツッコミを入れた。 「……あー、しんどい。今日はもう帰ろうかな」 旭が窓から射し込む朝の日差しを疎ましげに睨みながらそう呟くと、ノエルは「え、大丈夫?一人で帰れる?送ろうか?」と血相を変えて早口に捲し立てた。 「もうすぐ学校着くし、職員室行って先生に直接欠席連絡したら母さんに迎えに来て貰う。あ、ダメだ。母さん今日仕事だ。タクシー呼ぶ」 「えー、大丈夫?」 「大丈夫、ただの昼酔いだから」 ちなみに昼酔いとは吸血鬼やダンピールが昼に活動して時差ボケのような症状になることだよと旭が掠れた声で補足すると、丁度バスが学校の最寄りの停留所に着き、後方のドアが開いた。 「具合悪い時まで私に知識を授けなくて良いから!」 「いや、ノエルに知識を授けるのは最早僕の使命みたいなものだから」 旭が大きく広げた指の隙間から妙にキリッとした目を覗かせて厨二病っぽいポーズを取ると、ノエルは「具合悪い癖に笑かそうとしてくんのやめて」と込み上げてくる笑いを堪えながら旭に肩を貸して慎重にバスを降りた。 「水買ってくるから待ってて!」 「いらない。大丈夫だから」 結局バス停に降りた途端木陰に座り込んでしまい一歩も歩けなくなってしまった旭は、目と鼻の先に学校があるにも関わらずスマートフォンで欠席連絡を済ませると、アプリを使ってタクシーを呼んだ。 ブレザーを脱いで頭から被り日傘を差してぐったりとしている旭にノエルが小走りに駆け寄り、自販機で買ってきたペットボトルの水を差し出す。 「大丈夫?」 「……大丈夫。稀によくあるから」 旭が息苦しさから黒マスクを外し、結露したペットボトルに頬を寄せながら「ごめん、お金明日払うから僕が忘れてたら言って」と言うと、ノエルは「そんなん気にしなくていいから。本当に救急車とか保健の先生呼ばなくていいの?」と落ち着きなく視線をさ迷わせた。 「……ありがとう、大丈夫」 「そう?じゃあ、タクシーが来るまで一緒にいるね」 気遣わしげなノエルの声からは旭を心から心配しているのは伝わってきたが、哀れんだり見下している様子は微塵もなかった。 旭が酷い昼酔いで動けなくなると人間も吸血鬼も口には出さずとも皆、旭を哀れな出来損ないを見るような目で見た。 「可哀想に」 「どっちつかずっていうのは不憫だね」 「劣等種」 「昼の者と夜の者で子供を作るなんて親は何を考えてるんだ」 「そんな不自由で半端な身体、見切りをつけて転化すればいいのに」 今まで浴びせられて来た心無い言葉達が頭の中で渦を巻く。 「……僕だって、好きでダンピールなんかに生まれたんじゃない」 しかし、夜の者達の中で生きていくにはあまりにもか弱く、太陽には嫌われている我が身を一番哀れんでいるのは他でもない旭自身だった。 「旭くんごめんね、私吸血鬼になれば人生変わるって単純に考え過ぎてた」 旭が酷い頭痛と吐き気に苛まれながら「……ノエル、こんなのいつものことだからもう行きなよ。遅刻になっちゃうよ」と地を這うような声で言うと、ノエルは「そんなんいいから」と怒ってるような口調で言って旭の背中をさすった。
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