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佐藤ノエルはどこにでもいるごく普通の女子高生だ。 平凡な会社員の人間の両親の間に生まれ、蝶よ花よとすくすく育った。 ノエルが生まれ育ったのは吸血鬼との共存に懐疑的なカルト宗教の信者達が住む集落で、住人のほとんどが人間で構成された前時代的独立特区だった。 この世界には人間と吸血鬼が共存していると聞かされても教師も同級生も人間ばかりで吸血鬼は一人もおらず、吸血鬼を見かけるのはテレビのニュースくらい。 ノエルにとって吸血鬼とは、何処かファンタジーで自分とは無関係な遠い存在だった。 生身の吸血鬼とほぼ接することなく無菌状態で育ったノエルの吸血鬼のイメージを決定づけたのは十歳の時に母の部屋で見付けたDVD、映画インタビューー・ウィズ・ヴァンパイアだった。 時は現代。アメリカ、サンフランシスコ。 とある建物の一室で、記者のダニエルがルイという名の青年にインタビューを始める。テープレコーダーを回して職業を尋ねると、ルイはごく真面目な口調で「ヴァンパイアだ」と答える。 そしてルイは二百年以上前から始まった自らの数奇な運命について語り出す。 十八世紀末、アメリカ。 妻と子を失い絶望の淵にいたルイは自らの死を望んでいた。そんな彼に興味を持ったのが、レスタトという名のヴァンパイアだった。彼はルイに近づき、首に噛み付いた。 「選ぶのはお前だ。このまま死ぬか、それとも俺と来るか?」 レスタトにそう問われ、ルイは「行く」と答えた。レスタトは自らの腕を切ってルイの口元に血液を垂らした。 そうしてレスタトの血を飲んだルイは人間の生き血を飲み永遠に生きるヴァンパイアとして生まれ変わったのである。 映画インタビュー・ウィズ・ヴァンパイアは永遠の命故の孤独や、生き血を吸う罪悪感、苦悩を描いた物語だ。 ルイは平気で人の血を吸ってはその命を奪うレスタトに反発し、非常食である動物の血を飲んで過ごしていた。しかし飢えは次第に強くなっていき、日ごとにルイを苦しめるようになる。 そんなルイをレスタトは「どうせ一週間も持たないさ」と挑発してせせら笑う。 そんなある時、ルイは両親を失った少女クローディアと出会う。怯えて助けを求める少女を思わず抱きしめたルイは、魔が差してその首筋に噛み付き血を吸ってしまう。 そこへレスタトが現れ、ついにルイが人間の血を吸ったと大喜びする。レスタトの言っていた通り、吸血をすることで得られる心の平安と甘美な快楽を感じたルイは戸惑い、自身の凶暴性に怯える。 しかし、クローディアはまだ死んでいなかった。レスタトは、このまま死なせるか、それとも自分達と同じようにヴァンパイアにするかをルイに選ばせる。 ルイには彼女をみすみす死なせることは選択できなかった。レスタトが自分の血を飲ませるとクローディアは美しいヴァンパイアの少女に生まれ変わった。 「これだ!私、これになりたい!」 多感な年頃のノエルはクローディアに、吸血鬼という生き方にすっかり魅了され、いつか自分の元に吸血鬼の紳士が迎えに来て首筋に甘く噛みつき「選ぶのはお前だ」と囁くのを夢見るようになる。 危険だと反対する両親を何とか説得し、吸血鬼と人間共学の高校に進学すると、初めて間近で見る本物の吸血鬼達の存在にノエルは大いに興奮した。 「私を噛んで!貴方達の仲間にして!」 しかし、ノエルが目を爛々と輝かせて項を剥き出しにアピールしても吸血鬼達の反応は芳しくなかった。 「え、何?」 「怖い」 「無理です。勘弁してください」 「義務教育受けた?」 おかしい。何かがおかしい。 両親の話では吸血鬼とは人間を食料としてしか見ていない凶暴な種族。同意のない吸血は法律で禁じられてはいるらしいとは聞いていたが、こちらから志願すれば合法なのだから涎を垂らし喜び勇んでむしゃぶりついてくるはずだ。 おかしい。おかしい。おかしい。 こんなはずではなかった。 学校内の吸血鬼に総当りして一切相手にされず見事に玉砕したノエルはすっかり意気消沈し、吸血鬼となり美しい少女の姿のまま永久を生きる夢を諦めかけていた。 「旭、また早退?あいつ身体弱いの?そういやよく休むよな」 「あぁ旭な。あいつ、ダンピールなんだよ。昼間起きてんのとか日光苦手みたい」 「え、マジ?知らなかったわ」 「ねぇ、今の話本当?!」 長年の夢が頓挫しかかっていたノエルにとって、神宮寺旭の存在は地獄に仏、一筋の光明だったのである。
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