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神宮寺旭は吸血鬼を父に持つダンピールだ。 吸血鬼だからといってみんながみんな空を飛んだり念動力を使ったり催眠術を操り変身したり出来るわけではない。 それは個人の資質次第。人間でいう所の運動神経抜群で個人競技を極めオリンピック選手になるとか、リズム感抜群で歌がとびきり上手くて歌手デビューする等といった特別な才能を持った選ばれし者の話。 多くの吸血鬼は耳が尖っていて牙があり、夜目が効いて日光が苦手で夜型なこと以外は人間とさして変わらない平凡でありふれた個体が多い。 吸血鬼の多くは夜に活動し、夜勤のある仕事に就いていることが多い。その為、人間を昼の者、吸血鬼を夜の者として区別する俗称もある。 現代、人間と吸血鬼は概ね友好的な関係を築いており、吸血鬼の血液の確保方法は時代の流れと共に変遷していった。 血液は人体から採取するいわば臓器に準ずるものであり、倫理的な面を配慮し、血液の確保は原則献血が基本とされている。また法律で有償採血、同意のない吸血行為を禁止している。 過去に肝炎、エイズ等、血液由来の感染症が問題になったことから現在では好き好んで直に吸血行為をしたがる吸血鬼はよほどの物好きとされており、ほとんどの吸血鬼が国から支給される吸血鬼カード(通称Vカード)を自動販売機にかざすと買うことが出来る血液パックで必要な血液を確保している。 今時珍しい何代遡っても純血の吸血鬼である旭の父はいつも「いやー、便利な時代になったものだね」とスパウトパウチに入った血液パックを飲みながら文明に感謝している。 半分人間である旭は人間と同じものを食べるが、日光が苦手で日傘が手放せず、日中は疲れやすいのでエナドリ感覚で血液錠剤を服用している。 子供の頃、父に「美味しいから飲んでみなさい」と勧められ一度だけ血液パックをひと口飲んでみたことがあるが、身体に合わず吐いてしまった。 青白い肌。尖った耳。鋭い牙。 空を飛び、念動力を使い、催眠術を操り、変身することができる父とは違い、ダンピールである旭は見た目も普通の人間とほとんど変わらない。 耳は尖っていないし、肌の色も健康的だ。牙だけは父の遺伝なのかそんじょそこらの吸血鬼よりも立派だが、普段普通に会話をする分にはほぼ見えない。 一応人間と比べれば若干夜目が効き、ほんの少しだけ物を浮かせることが出来るが、物凄く疲れて三日三晩寝込むので滅多に使わない。 巷で言われるような吸血鬼を探知する能力も一応あるにはあるが、外国語を嗜むものが身近な人間の日本語の発音の中に微かな外国語特有の子音の立て方や母音の深さの違いを感じ取り「帰国子女だったりする?」と気付くようなレベルのもので、あくまで身内に吸血鬼がいるせいで吸血鬼の特徴に気付きやすいというだけの至って地味なものだ。 ダンピールにも夜の血が強く出る者と昼の血が強く出る者がいる。 旭のように昼の血が強いダンピールは人間として育てられ、人間に擬態して暮らすことを選ぶものが多い。夜の者として生きるには旭はあまりにもか弱かった。 人間として暮らすには昼に活動することが求められる。その為、日中は日傘とマスクと血液錠剤が手放せないがそれさえあれば別段不便は無い。 父専用の血液パックが冷蔵庫に常備され、家の中をコウモリの姿の父が飛び回り、学校に遅刻しそうな時に自家用車の代わりに父に抱えられて空を飛ひ駅まで送ってもらうことがある以外、旭の生活は一般人間家庭と大差は無かった。 地球温暖化の影響による連日の猛暑で日傘男子も市民権を得てきたし、健康の為にサプリメントを飲むことだって珍しくはない。 吸血鬼は世間一般的に家系能力を保全すべく純血主義の者が多く同族との混血を繰り返す傾向にあり、ダンピールの存在は極めて希少だ。 旭はダンピールであることを隠しているわけではないが、あれこれ詮索されたり色眼鏡で見られるのが煩わしく自ら吹聴することはなかった。 それが現代を生きるダンピールの処世術なのだ。 「ねぇ旭くんってダンピールなの?」 うららかな昼休み。男子高校生特有の気持ち良い食欲で母特製三段弁当で昼食を済ませた旭は、同じクラスの佐藤ノエルに藪から棒にそう問われ、ほとんど反射的に「違うけど?」としれっと答えながら血液錠剤を噛み砕いた。 「それ、血液錠剤だよね?」 「いや普通のサプリメントだよ。ちょっと鉄分不足なんだ」 「旭くんと同じ中学の子が旭くんのお父さんは吸血鬼だって言ってたもん!」 めげないノエルにしつこく詰め寄られ、旭は思わず舌打ちしながら「誰がバラしやがった……」と口の中で呟いた。 「やっぱり!旭くんってダンピールなんだね!」 「佐藤さん、声が大きい」 「ノエルでいいよ」 ノエルが気さくに笑いながら旭の前の席の椅子に腰掛けると、旭は深々とため息を吐きながら食事中外していた愛用の黒マスクをポケットから取り出し着け直した。 「あっ!牙見せてよ!」 「嫌だよ」 「なんで?!」 「……歯磨きしてないし、恥ずかしいじゃん」 「そういう理由?旭くんおもしろーい!」 テンション高く迫ってくるノエルに辟易し、旭がさっさと会話を切り上げようと「……確かに僕はダンピールだけど、それが何か?」と渋々認めると、ノエルは天使の輪が光る艶やかな長い髪を片手で抑えてサイドに流し、真夏の太陽のように眩しく微笑んだ。 「私を噛んで!貴方達の仲間にして!」 「は?」 ノエルと旭は同じクラスのクラスメイトだ。 しかし、高校入学から一年。同じクラスになってから半年、旭とノエルがまともに話したのは今日が初めてだ。 可もなく不可もなくそれなりに友達が多く真面目で地味な旭と違い、目の上ギリギリで前髪を切り揃え長い黒髪をハーフツインにしてゴスロリカスタムした改造セーラー服に身を包む量産型地雷系JKであるノエルは友達も少なく、クラスでも一際目立って浮き上がった存在だった。 旭は二年に進級してからというもの、意識的にノエルとは距離を置いていた。 というのもノエルは自他ともに認める厨二病、吸血鬼マニアであり、ダンピールであることがノエルにバレればあれこれ質問責めにされるのが目に見えていたからだ。 実際吸血鬼の同胞(厳密には同胞ではないが)達に突然突撃してとんでもない発言をしたらしいという被害報告は数えられないほど聞いていた。 学校内の人間と吸血鬼の比率は八対二。ダンピールは旭一人きりだと聞いているが、ダンピールは自らの存在を他人に悟られるのを嫌う為、本当かどうかは定かではない。 マイノリティは徒党を組む。佐藤ノエルの蛮行は夜の者の間では有名で、あいつには気を付けた方が良いとブラックリストの上位に名を連ねていた。 ダンピールである旭は夜と昼の狭間の者であり、吸血鬼以上のマイノリティだ。 夜の者の中には旭を半端者と嘲り良く思わない者もいると聞いているが、多くは友好的だ。本来旭に届かないはずのブラックリストも裏から手を回して流してくれたり、こっそり忠告してくれたりと何かと親切にして貰っている。 「……どうして、僕が佐藤さんを噛まないといけないの?」 「私、吸血鬼になって永遠の時を生きたいの!」 「僕が噛んでも佐藤さんは吸血鬼にならないよ」 「えッ、そうなの?!」 吸血鬼マニアの癖に現実の吸血鬼事情の基本の基すら押さえていないらしいノエルはグレーのカラコンがよく映える大きな目を溢れんばかりに見開いた。 「吸血鬼が吸血によって同族を増やすのは映画やアニメの中だけ。吸血鬼が人間を吸血しても吸血された相手が吸血鬼化することはないよ」 「え、じゃあ吸血鬼が動物に血を分け与えて眷属にするのも?!」 「フィクションの世界だけだよ。吸血鬼がその血族を増やせるのは繁殖によってのみ。人間や動物と変わらないよ」 旭は嘘を吐いた。 その他大勢、有象無象の一般吸血鬼はそうだが、高貴なる古き血の吸血鬼である旭の父は動物に血を分け与え眷属にすることが出来るし、その気になれば吸血した相手を吸血鬼にすることも出来る、らしい。 しかし転化には複雑な条件があり、ただ吸血しただけではそうはならない。 そんなことをわざわざ頭のネジが飛んだイカれた吸血鬼マニアに教えるほど旭は愚かではない。一般的に出来ないとされているのだから出来ないと答えておけば良いのだ。 「それに僕はダンピールだよ。頼むなら純血の夜の者に頼めば良いのに」 「総当りしたけど断られたの」 「あ、そう」 道理でブラックリストに載るわけだと考えながら、旭は昼に飲む分の血液錠剤を噛み砕いた。 ダンピールの旭にまで頼んできたということは藁にもすがる思いだったのだろう。 それにしても誰か一人くらい吸血しても人間を吸血鬼化させることは出来ないと教えてあげても良さそうなものなのに、よっぽど鬱陶しかったのだろうか。 旭が思わず生暖かい同情の眼差しを送っていると、ノエルはがっくりと肩を落とし「……吸血鬼になれないなら生きていても仕方がない」と呟いた。 「大袈裟だなぁ」 「太陽に焼かれて灰になって死にたい」 「意外と日光平気な吸血鬼も多いよ。うちの父さんなんて日光浴が趣味だよ」 「じゃあ心臓に杭を打たれて死にたい」 「それは人間でも死ぬと思うな」 絹糸のように細い髪もカーテンのように顔の周りに垂らしたノエルの厨二病全開発言に旭がいちいちツッコミを入れると、ノエルは半狂乱になり「さっきから何なの?!人の夢を壊さないでよ!」と涙目で旭を睨み付けた。 「夢を見るのは勝手だけどさ、君が大好きなフィクションの中の吸血鬼と現実を生きる吸血鬼は全然違うんだよ。佐藤さんはこれからもフィクションの中の吸血鬼を崇拝し続ければいいじゃないか」 旭が淡々とした口調でそう言うと、ノエルはぐうの音も出ないのか見るからに怯んだ。 ノエルが黙り込んでしまい手持ち無沙汰になった旭はノエルがいつも着けている多層レースのクロスした細い鎖の先に十字架がぶら下がったデザインのチョーカーをまじまじと見た。 何かチョーカー着けてるなぁとは思ってたけど、吸血鬼マニアなのに何故十字架?と旭は思わず鼻の上に皺を寄せる。 「……ちなみに、吸血鬼に十字架が効くっていうのも個人差があるよ。あれはクリスチャンの吸血鬼が信仰心を想起されて自分の行いを悔いて苦しむってだけの話だから」 「もうやめて聞きたくない」 「吸血鬼マニアなのにどうして十字架のチョーカーなんて着けてるの?嫌がられるとは思わなかったの?」 「だってこれ、凄く可愛いから」 「あ、そう」 現代のフィクションにおいて十字架もニンニクも恐れない吸血鬼は最早お約束だ。 吸血鬼転化願望のあるノエルは十字架もニンニクも恐れない吸血鬼のコスプレをしているのでは?と思い辺り、旭がそれとなく尋ねるとノエルは力無く頷いた。 夜の者達に嫌われるはずだ。 実際に十字架が効くかどうかについては個人差があるが、初対面の吸血鬼の前では十字架のアクセサリーを外し、宗教上の理由等でどうしても着けたい場合は確認をとるのがマナーとされている。 そもそもいきなり「私を噛んで!」と頼み込むのはマナー違反以前の問題なのでチョーカーを外していた所で結果が変わったとは思えないが、もう少しまともに取り合って貰えたかもしれない。 「余計なお世話かもしれないけど、吸血鬼と友好的な関係を築きたいならそのチョーカーのデザインは良くないかも。別に十字架は平気だけど相手が十字架着けてるってだけで喧嘩売られてるって感じる夜の者も多いって聞くから」 あまりにも吸血鬼について無知なノエルが不憫になり旭がやんわりとそう指摘すると、ノエルは「……どうしよう。私、吸血鬼のこと何も知らなかった」と真っ青な顔をして頭を抱えた。 ここまでくると最早気の毒である。 「あのさ、佐藤さん」 「何?」 「良かったら、教えようか?その、現実の吸血鬼について」 「えっ!良いの?!」 「あ、うん。同胞達も君の奇行に迷惑してるみたいだから」 「えっ、そうなの?!」 この日、わざわざ自分から申し出てしまったことを後々旭は心底後悔することになる。
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