焦がるるほど恋し空のごとき君

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焦がるるほど恋し空のごとき君

 美しき満月の夜。  社殿の上でじっと月を眺める白狼の瞳は、憂いを湛えた碧き光を帯びている。  遠い昔に思いを馳せると、ふと何処からともなく懐かしき声が。  ピクリと反応した耳をピンと立て、意識を研ぎ澄ます。『その名』を呼ぶ微かな声は、闇夜に儚く消えていった。  白狼は、弾かれるように夜空を駆け出した。  そこには、縁側でひとり月を見上げる颯将(そうすけ)の姿があった。  颯将は、突如舞い降りてきた白狼を見て少し驚くも、すぐさま柔らかな微笑を浮かべた。 「今、お前のことを思っていたところだ」  口の端を上げ尻尾を素早く振って応える白狼。 「笑っているのか。愛らしい奴め」  颯将に頭を撫でられ目を細めた白狼は、彼に寄り添い共に月を見上げる。  すると、颯将は瞑目し大きく深呼吸しながら至福の表情を浮かべた。  その意味を理解できず小首を傾げた白狼は、颯将の内的世界をこっそり覗き見ることに。  そこは、うららかな春の陽だまりのようだ。天を仰ぎ見ているのか、蒼穹を背景にひらひらと舞い散る薄紅色の花弁を目で追っている。  突如、こちらを覗き込む碧い双眸と目が合い、美月姫の心臓がドキリと跳ね踊った。  至近距離で見つめ合う二人は、とても幸せそうだ。  思いもよらぬものを見てしまったと動揺する白狼を、颯将は唐突に引き寄せモフモフとした被毛に顔を埋めた。 「ああ、やっぱりこの香りだ・・・・・・」  花の褥に横たわり、草木を愛で、生き物たちを見守る白狼から何か匂いがするようだ。  白狼を両腕でギュッと抱きしめる颯将の横顔が、どこか寂しげに映った。  その理由を察した白狼は、言いようのない胸の痛みを覚える。 「どうやら、これを返す時が来たようだ」  颯将は、何やら懐から取り出し見つめた。  白狼は、それを見るなり「クゥン・・・・・・」と鼻を鳴らす。  忘れもしない。それは、かつて蒼空が美月姫に送った天色の組紐だった。  颯将は、耳をペタンと垂らし、しょんぼりする白狼を真っすぐに見つめこう言った。 「どうか最後の願いを聞いてくれぬか。お前の真なる姿を見せて欲しい」  思いもよらぬ言の葉にハッとした白狼であったが、颯将の真っすぐな瞳に蒼空の面影が重なり小さな胸がうち震えた。  たなびく厚い雲が月を覆い隠すと、辺りは闇に包まれた。  颯将の姿が見えなくなると、美月姫は闇にただ一人取り残されたような感覚を覚えた。  美月姫は、またも悲しみの沼に沈み溺れてしまうのではないかと、焦燥に駆られたからだ。  再び雲間から月光が差し込むと、白狼は忽然と姿を消した。  隣にいたはずの白狼が音もなく居なくなり、慌てた颯将は辺りを見渡した。  すると、月を背に佇む影を捉えた颯将は、今にも泣き出しそうな表情で言の葉を詰まらせた。 「ああ、やはり・・・・・・!其方であった・・・・・・!」 焦がるるほど恋し空のごとき君 この地に生まれしは君とありき合ふため 我がすべてを君に捧ぐ   生きとし生けるものよ いでここに  皆 恋し愛を育まむ     芽吹け 宿れ 聖なる証 ああ わびしきほど愛ほしき君を  今宵花弁舞う月下に誘う 羞恥より来るをたゆたう君のさまを思ひやりつつ 我もまた十六夜月の下  胸を高鳴らせつつ 君の来るを待てり    二人は、縁側で寄り添い月を見上げる。  颯将は、美月姫の手をとり天色の組紐を手首に結びこういった。 「これは、一度其方に貰ったものだが、余だと思って大切にして欲しい」 「颯将さま・・・・・・」 「其方といると心安らぐ。なんだか、とても眠たくなってきた・・・・・・。頼む。少しこのままでいさせてくれ・・・・・・」  颯将は、美月姫に身を預け静かに目を閉じた。  気のせいか?先陣を切って戦場を駆けぬけ、敵をものともせず戦った雄々しい颯将が、なぜか小さく感じた。  美月姫は、互いの手に天色の組紐を結び手を繋ぐ。 「いつのことだろう・・・・・・以前にもこのようなことがあったような気がする・・・・・・。忘れてはれてはいけない大切な何かを・・・・・・」  既視感を覚えた颯将の頬を涙が静かに伝う。 「そうかも知れませんね」  忘れられぬ遠いあの日に、思いを馳せた美月姫の瞳から月の雫が零れ落ちた。 「いつかまた会おう・・・・・・約束だぞ・・・・・・」  繰り返される運命。 「はい。今宵の月に誓って」  今宵の月だけが、二人の行く末をを見守っていた。 蒼空・・・・・・。 あの澄んだ蒼い空のように美しいあなたの心・・・・・・。 私はここで、いつまでもあなたを待っています。 いつかまた、巡り逢える日まで・・・・・・。 美月姫・・・・・・。 君と過ごした美しき日々は、いつまでも色褪せることはないだろう。 僕の心の中にはいつだって、君しかいないのだから。 君に誓う。何度生まれ変わろうとも、君を探しだしてみせると。 僕は君のもとに帰るんだ。 美月姫と蒼空。 二つの魂が、時を超えて呼応し合う。  今は離れ離れだけど、私たちは(僕たちは)いつかきっと、巡り逢う・・・・・・! 了
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