天の岩戸

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天の岩戸

「皆が無事で何よりです。でも、どうして私がここに?時空の狭間に閉じ込められたのでは・・・まさか!黒龍は逃げたのですか?だとしたらこうしては居られません!一刻も早く黒龍を打ち倒さねば!」 眷属神たちは、殺気立つ美月姫をなだめた。 「俺たちがお前を残して暗黒時空を閉じるとでも思ったか?」 「では、やはり。私のせいで閉じることはできなかったのですね・・・・・・」 白狐の返答に対し、不甲斐ない自分に落胆した。 「あの後、我らは姫の救出作戦を決行したんだ」 穏やかな口調で語る修験道からは、優しさしか感じられない。 「あれは、だれも思いつかない作戦だったよね」 鹿角は、美月姫のいない間の出来事を振り返る。 「それにしても、黒龍の奴、まんまと騙されたな。白狐、おまえを見直したぜ」 牙音は、感心を寄せた。 「俺は奴の弱みにつけ込んだだけだ。想定外の出来事に血迷ったのだろう。あれを目の当たりにしたら、誰もが取り乱すぞ」 「よくわからないのですが、あの黒龍が判断を誤るほどの作戦って・・・・・・」 美月姫は、皆口々に語る白狐が黒龍に仕掛けた作戦が気になって仕方なかった。 「それは・・・・・・。山神さまから下された極秘任務だ。よって、姫にも明かすことはできない。だが強いて言うならば『天の岩戸作戦』とでもいおうか」 「天の岩戸・・・・・・?」 その名からして、何か凄い作戦のようにも思えたが、極秘と聞いて美月姫の知る由もなかった。 「閉ざされた時空にどうやって入るつもりだ?時空の移動は龍のみ成せる業。神でも不可能であるぞ」 訝し気な表情で質問を投げかける修験道は、先程とは打って変わって余裕すら醸し出す白狐に不安を覚えた。皆もその点が気になっていたのか、白狐の考える策に注目した。 「簡単だ。閉ざされたのならば開くのを待てばいい」 『え・・・・・・?』 神獣たちは、期待とかけ離れた意外な策に一瞬面食らう。 「それ、本気で言っているのか?」 まもなく、皆の霊格エネルギーが底をつこうというのに、白狐はどう戦おうというのか。 一刻を争う事態に、白狐とて悠長に構えてなどいられないはず。 「本気だが?」 とうとう痺れを切らした修験道が声を荒げる。 「こうしている間にも、姫は危険にさせられているのだぞ!」 心配する神獣たちをよそに、口の端に悪い笑みすら浮かべる白狐。 「天の岩戸さ。太陽の女神が岩でできた洞窟に隠れてしまったあの話。これは心理戦だ。俺たちでそれをやって見せようじゃないか」 『天の岩戸・・・・・・』 白狐の思い描く突拍子もない策に、神獣たちは一様に静まりかえる。 『ならば。我らは何をすればいい?』 一刻も早く美月姫を救出したいと気持ちが逸る神獣たちは、前のめりになってそれぞれの役割を確認した。 「ん~そうだなぁ・・・・・・まあ、見てろって」 神獣たちは、こういう時の白狐ほど恐ろしいものはないことをよく知っている。 まるで、新しい遊びを見つけた時の童のように楽し気に見えるのだが、その目は獲物を捕らえた捕食者そのものだった。一見悠長に構えて見えるものの、その実、怒気に満ちているのだ。 その証に、白狐から蒼炎が燃え盛っている。こうなったらもう誰も止めることはできない。 神獣たちは、とある姿に変化した白狐を見てあっと驚く。各々、心中複雑な思いを抱きつつ作戦を開始した。 白狐は、どこにあるかもわからぬ時空の狭間に向かってひたすら語りかけ黒龍を誘い出す。 白狐の変化は、外見ばかりでなく声までもが生き写しのようだ。 神獣たちは、四方の空を見据え時空の狭間が開くのを待った。 作戦開始から四半刻も経たずして、暗黒時空の空に亀裂が生じ始めた。 「見ろ!標的のお出ましだ!」 白狐の狙い通り、時空の狭間がぽっかりと口を開き、中から黒龍が勢いよく飛び出した。 黒龍は、神獣たちに目もくれず、変化した白狐の方に向かっていく。 神獣たちは、白狐が黒龍の気を引いているうちに美月姫の救出にあたることに。 ふと違和感を覚えた修験道は、黒龍を返り見た。 黒龍は、修験道が最後に見た時よりも荒い呼吸で苦悶の表情を浮かべていた。 また、腹の傷は、退魔の剣を受けた時よりもはるかに深手を負っていたのだ。 おそらく。美月姫は、修験道が解放された後捨て身で戦いに挑んだのだろう。その場に居なくても、黒龍の受けた傷からして凄まじい戦闘であったと容易に想像できた。胸が引き裂かれる思いがした。 刹那、神獣たちは信じがたい光景を目の当りにし凍りつく。 黒龍の手には人の姿となった美月姫が握られていたからだ。 よく見れば、髪や身体から血が滴り黒龍の手の中でぐったりと動かない。既に息絶えているようにも見えた。 まさか、あの黒龍が美月姫を握り潰したのか・・・・・・? あってはならない衝撃的な結末に、神獣たちは怖気立ち身震いすら覚えた。 修験道は、美月姫を犠牲にして生きながらえた己が無念でならなかった。 だが、今感傷に浸ってはいられない。眼前には、憎き宿敵、黒龍が迫っていたからだ。 神獣たちは、弱った黒龍に決死の攻撃を仕掛けた。 罠だと気づいた黒龍は、神獣たちを蹴散らかすように突激し、美月姫を宙に放り投げると時空の狭間に再び逃げこんだ。 神獣たちは、黒龍を仕留めることに失敗した。 美月姫の魂は、まさに消え入る寸前だった。 時空を封印するまで、美月姫がもつかわからない。 こうしている間にも、黒龍はうつし世に逃げ出してしまうおそれがあった。 「死守すべきか・・・・・・?今ならば勝てるやもしれぬ」 言ってみたものの、修験道は、最悪の事態に陥った時のことを考えた。 霊格エネルギーが限界を迎えた今、戦いを続け黒龍を仕留め損ねた場合、神獣たちは消滅するどころかうつし世は暗黒に堕ちることだろう。  それは神の敗北を意味する。 「否、直ぐにでも暗黒時空を封印すべきか・・・・・・」   苦渋の決断を迫られる修験道。 美月姫と黒龍。究極の選択に逡巡する神獣たち。 「もう、間に合わぬかもしれぬ・・・・・・」 弱気な修験道を、白狐が、牙音が、鹿角が、これまで見たこともない剣幕で𠮟咤する。 「姫!生きろ!あきらめるな!蒼空との約束を思い出せ!目を覚ませ、姫――――!!」 神獣たちは、祈りをこめて残り少ない霊格エネルギーを美月姫に注いだ。 仲間に背を押され、修験道は決断する。 「これより、暗黒時空を封印する。よって、何人たりともここに留まることを許さず。結界が破られぬ限り、黒龍は出ては来られまい・・・・・・」 神獣たちは、複雑な心境を抱いたまま、修験道の判断を静かに受け入れた。 かつて白龍が自然霊として誕生した『聖なる岩穴』今や『魔道の岩穴』は、神獣たちによって閉ざされた。 山神さまは、幾重にも強固な結界を張り巡らし厳重に封印した。 黒龍は、未来永劫、暗黒時空に封じ込まれることになった。 こうして、暗黒大戦は幕を閉じた――――。 暗黒は勢力を弱め、うつし世は泰平の世に移り変わろうとしていた。
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