戦いのあとで

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戦いのあとで

丘陵には、『漆黒の烏城』と呼ばれる平山城が佇む。 城といってもそこに天守閣は見当たらず、それに代わる簡素な物見櫓や掘立小屋が立っているだけだ。 高見櫓(たかみやぐら)からは、短槍(たんそう)を手にした門番が辺りを厳重に見張るが、重厚な城門を見上げる白狼の姿を捉える者はいない。 白狼は、櫓の張りにふわりと降り立ち辺り場内を見渡す。 「居た・・・・・・」 白狼は、横長の簡素な造りの建屋の中に颯将の姿を見つけると、まるで川底から砂金でも探し当てたかのような歓喜と興奮が沸き起こり胸が高鳴った。 颯将は、腹心の家臣たちに囲まれ何やら楽しげに語り合っているところだ。 思い起こせば。颯将が謀反の罪をなすりつけられ父に命を狙われたあの日。 家臣たちと刃を交える事態となり、一時はどうなるものかと肝を冷やした。 颯将は、これからもこの戦乱の世を生きて行かなければならない。 美月姫は、颯将に仕えた最後の晩を思い出す。 月の綺麗な晩だった。屋敷の庭で一人佇む颯将は、月下に想い人を誘う。 『余と共に、生きてはくれぬか』思いがけない言の葉を口にした。 それは、生まれ変わった蒼空の魂の願い。だが、応えることはできなかった。 神獣として生まれ変わり山神様に仕えることになった今、共に生きることはできない。人と神獣では、時の流れが違うから・・・・・・。 颯将と過ごした懐かしき日々が、脳裏を駆け巡る。 生まれ変わった蒼空と再会した時は、夢かと思った。 蒼空の魂は、約束通り美月姫を見つけ出してくれたのだ。 「みつき・・・・・・」その名を呼ばれた時、魂が震えるほど嬉しかった。 颯将を魔から護衛するよう神命が下った時、全身全霊で戦い護ると心に誓った。 その颯将は、今や二代目征夷大将となった。泰平の世を夢見る颯将は、新しい国造りに日々奮闘しているようだ。 「どうぞご武運を・・・・・・窮地の際は必ずや駆けつけ力になりましょう」 届くことのない言の葉を残し去ろうとすると、突如颯将は振り返った。 不意を突かれ、美月姫の心臓がドキリ音をたて跳ね躍る。 ああ、やはり・・・・・・。蒼空の魂はいつだって美月姫を見つけ出す。 白狼は、颯将の傍まで舞い降り尻尾が引き千切れんばかりに振って応えた。 温かい・・・・・・。 颯将の温もりに包まれれば、蒼空と同じ陽だまりのようだった。 トクトクと力強く鼓動する生命の証に耳を澄ませば、『僕はここにいるよ』と蒼空の魂が語りかけているようで、ただただ胸が切なくて・・・・・・。 思いが駆け巡る。 かつて大罪を犯し、闇堕ちしの刑を言い渡された時は、未来永劫生まれ変わることも叶わず絶望した。 蒼空との約束を果たせぬと思い悩んでは、心打ちひしがれたこともある。 暗黒の地に流刑を言い渡されたあの日、山神さまに救われた。 感謝しかない。なのに、心から喜べず思い悩む日々だった。 その日から無限の時を生きることになった・・・・・・。それこそが、美月姫に課せられた罰だったのだ。 それからというもの、己の存在価値を見い出せぬまま、生きる意味さえも見失った。 かつて人であった頃、自分さえ存在しなければ蒼空は死なずに済んだのだと。蒼空も家族も皆幸せになれたのだと。何故あの時死ねなかったのかと。 後ろばかり見ては悔やみ、前に進めずにいた。 自分の存在は、周りの人々を不幸にすると。だから、咎人と罵り、追い詰めては己の存在を否定した。 『なぜ自分ばかりがこんな辛い思いをするのか』その考えは間違いだった。 そこには、苦しい現実から目を背け逃げてばかりの自分がいた。 戦いで出会った敵の中に、自分と同じ境遇の者たちがいた。その者たちの過去を垣間見た時、深い苦しみや悲しみを知った。 自分だけではなかった。これまで思い詰めていた考えは、独りよがりで浅はかであると、戦いを通して思い知らされたのだ。  人生の酸いも甘いも知り尽くし、挫折を味わった今だからこそ気づいたことがある。 「迷宮から抜け出せずにいる者たちを救ってあげたい」そう心から願った時、己の存在価値を知った。 こんな自分でも生きていてもいいと。誰かの役に立つことができるのだと。 己を許すことで、自らかけた呪縛から心解き放つことができた。 蒼空の魂と奇跡的な再会を果たし、生きる希望を抱いた。 蒼空は、生きてさえいればいつかきっとまた巡り会えることを教えてくれた。 殻にいつまでも閉じこもってばかりではいけないと、手を差し伸べてくれた。 生きることには意味があり、自分にしかできない役割があるのだと気づかせてくれた。 蒼空は、逃げてばかりの美月姫に天命に立ち向かう勇気を与えてくれたのだ。 だから、もう大丈夫・・・・・・。 白狼は、颯将の腕をスルリと抜け出し空に駆け上がる。 颯将に呼び止められ振り返れば、「また逢おう」笑顔で大きく手を振って応える颯将が、かつての蒼空と重なって見えた。 蒼空、ありがとう――――。 白狼は、天に向かって咆哮し蒼穹の彼方へ駆けて行った。
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