第一章

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 懐かしい校舎に足を踏み入れると、独特の香りが鼻についた。時計台よりも東側の建物は、主に『調薬』や『調香』を専門とする研究室があるため、西側よりも匂いが強いのだ。だが、それすらファンヌにとっては懐かしいものであった。  歩くたびにギシッと軋む廊下も、年代を感じさせるもの。各階を繋ぐ折り返しの階段をゆっくりと上がっても、ギシギシと軋んだ音がする。この階段を上るたびに、エルランドが「東には予算が無いから、階段も直してくれない」とぼやいていたことを思い出す。  三階に上がり、階段から三つ目の扉。それがエルランドの研究室である。  扉を叩くと中からすぐに返事があった。 「はい。開いてるよ」  つまり、鍵はかかっていないから自分で扉を開けて中に入ってきなさい、と言っている。 「お久しぶりです、エルランド先生」  扉を開け、ファンヌがそう口にすると、黒髪の前髪が鬱陶(うっとう)しい青年――エルランドが、銀ぶち眼鏡の下にある細い碧眼を一生懸命大きく開こうとしていた。 「ファンヌ、か?」 「はい。ファンヌ・オグレンです」
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