第十一章

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 完全なる獣化とは、てっきり動物と同じような姿になるものだと思っていた。だが、彼にはどことなく人間らしさが残っている。 「エルさん。そろそろ『種蒔きを告げる鳥』は見ることができますか? エルバーハの花が咲く頃ですか? 一緒に見る約束をしましたよね」  こうやってファンヌが話しかけても、彼はピクリとも動かない。鼻の下にある可愛らしい髭も、ピクリとも動かない。  ファンヌはハンネスに言われた言葉を、頭の中で反芻していた。そしてそれをオスモが言っていたのであれば、試してみる価値はありそうだ。  さて、エルランドとの思い出の香りは何だろう。 『調茶師』であるファンヌにとってはお茶しか思い浮かばない。  エルランドがファンヌのお茶に興味を示し、薬草と掛け合わせることを提案してくれたあの日。初めて『調茶』したお茶は苦かった。二人で顔をしかめて「でも、体には良さそうだな」と笑い合った。  ファンヌは込み上げてくる涙をなんとかこらえながら、あのときと同じ『調茶』を行う。 「エルさん。お茶を淹れました」
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