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が、しかし。その先が紡がれることはなかった。山藤の震え声が光哉の言葉を遮ったのだ。
「本物なのか? 本物の、黒羽くんなのか?」
山藤は突然膝を折り、長く大きな安堵の息を吐き出した。
「良かった……良かった。生きていてくれたんだな……」
「はぁ?」
「すまない。謝って済む話ではないが、本当に、すまない。会えて良かった……」
非難の言葉はたちまち引っ込んだ。あの冷血な山藤の見たことないほど情けない姿に、今度は怒りより困惑の方が上回ったのだ。
教会で懺悔する罪人のように、山藤は涙ながらに語り始めた。
「見込みのある新人だと思ったんだ。だから一々何にでも口出ししたくなったり、人よりも仕事をたくさん割り振ったりしてしまった。当時の俺は上司としての振る舞い方をまるで知らなかったんだ。
間違いだと気付いた時にはもう遅かった。君はうつ病になって職場を去り、俺は後悔を……違うな。苦しんだのは君なのに、俺はこの期に及んでまだ自分の言い訳ばかりだ。本当にすまない。とにかく、生きていてくれただけでもう……」
……正直言って、毒気を抜かれてしまった。
光哉はまず、課長ってこんなによく喋る人だったんだなとどうでもいいことを思い、続いて、「課長は今も課長なんですか?」という酷く間の抜けた質問が口をついた。
「いや……一応、今は部長をやらせてもらっている。俺なんかが人の上に立っていてよいものかと葛藤もあるけれど」
「そうですか。その、俺はこの通り元気にやっています。だからもうそんなに自分を責めないでください」
非難するどころかいつのまにか慰める側に回っている。
何をやっているのだろうと思う反面、不思議と悪い気はしていない自分に気付いた。元気にやっている。強がりでなくそう即答できたことが嬉しい。
あとは、人生の敵を目の前にしても自分はこんな平静でいられるんだという、妙な安心感もあったかもしれない。とにかく、悪くない気分だった。
山藤元課長は消え入りそうな声で「ありがとう」と呟き、次の瞬間、光の粒となり弾けて消えてしまった。
まだまだ言い足りないこともあった気がするが、それを後悔するより先に、再び激しい三半規管の揺れが光哉の身体を襲う。
揺れが収まり目を開けると、今度はまた別の人物が立っていた。そういえば女は「彼ら」と言っていたなと冷静に思い返す。
「光哉? え、光哉が居るの? どうして」
対して目の前の人物、元彼女の上田沙那は混乱した様子で首を傾げていた。
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