隣に寄り添うハニー

1/4
前へ
/4ページ
次へ

隣に寄り添うハニー

「いいですか、マルちゃん」  その日も、女子高校生の私はいつものように儀式を行う。柴犬のマルをお座りさせて、言い聞かせを行うのだ。 「道を歩く人は、貴方の敵ではありません。道を歩く犬も、貴方の敵ではありません。……知らない人がいるからって、むやみやたらと吠えないこと。特に男の人に対して貴方は冷たすぎます。親でも殺されたんじゃないのって勢いでしょ」 「まう」 「いや、そこで返事しないの。あんたの親殺されてないでしょ、伯父さんちで生まれた子犬なんだから。……とにかく、人にいちいちつっかかって吠えない、怯えない!ほら、そこで返事!」 「ばっふ」  本当にわかってるんだろうか、この子は。私を見上げる黒い瞳を見つめてため息をつくしかない。マルは我が家に初めて来たメス犬で、もうすぐ二歳になる。家族には懐くものの、人見知りは激しく、それでいてやけに気が強い。ドッグランでは、遊ぼうよーと近づいてきたオスの柴犬を吠えて追い返してしまったこともあったし(あまりにも申し訳ないので、すぐだっこして回収した)、道を歩く人の吠えることも珍しくない。  ある程度慣れた人には吠えにくくなるが、散歩の途中に見知らぬ人を見かけることなど珍しくないのだ。特に彼女ときたら、大人の男の人に吠える吠える。何も怖い目に遭わされたことなどないというのにだ。  そのたびに、肩身の狭い想いをさせられるこっちの身にもなってほしい。 「なあカスミ。マルの散歩ついでに牛乳買ってきて……うおっ」 「ば、ばっふん!」  ひょっこり部屋から顔を出した父親殿に、マルはびっくりして吠えかけた。どうにか声は飲みこんだものの、吠えようとしたのは明白である。父親が部屋でパソコン作業していることなどずっと前からわかってるだろうし、そもそも既に一年以上一緒に暮らしているのにこの態度とは。 ――なんとかならんもんかなあ。  どうにかして、人間は怖くないものだと教えてやれないものか。私はため息をついたのだった。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加