1人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「わ、わう!わうわうわう!」
「す、すみません!」
トイプードルを連れたカップルに吠えるマル。私はへこへこと頭を下げながら、やや速足で通り過ぎた。
この吠え癖さえなければ大人しいし、可愛いし、とても良い子なのだが。コンビニの袋を持ち直しながら、じっと私は彼女を見下ろす。
「あんたね。せっかく可愛い顔してるんだからもうちょい人に愛想よくしなさいよ。何がそんなに苦手なの?」
「ぼっふ」
「……実は私の言ってること全部わかってない?露骨に視線逸らすなし」
柴犬というものは、それだけで非常に愛おしいものだ。なんせキツネ型の顔に、くるんとしたシッポに、ふわふわした毛並みとつぶらな瞳と来ている。まさに美しく貴い、日本の犬代表の姿といっても過言ではない。恐らく、現在ペット業界でも柴犬は一位二位を争うくらい売れているのではなかろうか。
つまり、柴犬というだけで“可愛いから近寄りたくなる”子供は少なくないのだ。大人もである。散歩しているだけで、可愛いですね、と言ってくる人は多い。問題は――件の彼女の態度である。見知らぬ人相手には基本的に吠える。女性相手なら吠えないこともあるが、そうでなくても私の足にぴったりくっついて離れず、近寄るなオーラで相手を睨みつけるのだ。男性相手の態度はもう言わずもがなである。
せっかく可愛い柴犬、高校の友人たちにも紹介したいし触って欲しいのが本音なのだが、本人がこの調子。このままでは家に彼氏を連れてくることもできやしない(悲しいかな、今はそんな予定もないのだが)。
「ん?」
家に帰る時は、とある公園を横切るのが近道となる。砂場の前を通り過ぎたその時、私はふと不思議なものに気付いたのだった。
この公園は、砂場の横に二つベンチがある。一つにつき二人ずつ座れそうなベンチで、全体的に深緑色に塗られているものだ。やや塗装は剥げてきてしまっているものの、日当たりが良い場所にあることもあり、土日などは座ってお弁当を食べている子供連れなんかも見かけている。
そのベンチの片方にだ。夫婦が座っているのである。
頭がすっかり白くなった老夫婦だ。男性の方は杖を持って、ぼんやりと遠くを見つめている。かなり背が高い様子だ。目つきはやや鋭く、年配者であれど顔立ちは整っている。
女性の方は男性に比べて小柄で、ちんまりと上品にベンチに腰掛けている印象だった。スカートを履き、赤いチェックのひざ掛けの上にちょこんと両手を揃えて座っている。きっと、若い時はすごい美人だったのだろう、と思わせるような品の良さだった。
――何してるんだろう、あの人達。
ぴったり、とマルが私の足にくっついた。見知らぬ人がいるから嫌、のいつもの合図だ。彼女が吠える前に通り過ぎた方がいいだろう、と私は判断する。
ただ通過の間、どうしても引っかかって二人の方に視線を投げてしまったのだった。
お弁当を食べているとか、雑談をしているとか、それならまだわかるのだ。
しかし二人はただぼんやりと並んで座って遠くを見ているだけ。特に何かをしている様子もない。そして、その日は公園に他に人はいなかったので、遊んでいる子供達を見ているということもないようだった。ついでに、鳩の群れがいるとかそういうこともなし。
――なんだろ。
なんとなくぼんやりしたかっただけなのかもしれない。私はそう思って、その日はその場所を後にしたのだった。
最初のコメントを投稿しよう!