隣に寄り添うハニー

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 ***  私に、何かができるだなんて思っていない。  それでもその次の土曜日、私は急かすマルをどうにか宥めて、一人で公園に向かったのだった。午前十時、丁度土曜日の散歩をしていた時間帯に。  夫婦は、いつも通りそこに座っていた。男性も女性も、ただぼんやりと遠くを見つめるばかり。ずっと何をしているのだろうとばかり思っていたが、よく見るとおばあさんのその顔は――うっすら微笑んでいるように感じるのは気のせいだろうか。 「あ、あの!」  私は意を決して話しかけた。驚いたように女性の方が顔を上げる。 「わ、私。この公園をよく散歩で通る者なんですが……!」  我ながら不審者だと思う。ただ、近所に住んでいる女子高校生、というのはそれだけで警戒心のハードルが下がるはずだ。こういう時、女子供であるというのは武器になるのである。彼女も、よくこの公園を通る私の顔くらい覚えていてもおかしくないから尚更に。 「お、おばあさん……お、奥さんにお伝えしたいことが!」 「元気のいいお嬢さんね。おばあさん、でいいわよ。なあに?」 「え、えっと、あの……」  おばあさんは特に気にする様子もなく、ふんわりとした笑顔を向けてくれる。おじいさんの方は、気難しそうな眼で宙を睨んだまま。  だから、私は。 「私、霊感があって。……おばあさんの隣に座ってるおじいさんは、おばあさんの大切な人ですか?」  その言葉を言った途端、おばあさんは目を開いた。そして、己の隣を見て―ーこわごわとベンチに触る。彼女の手は、おじいさんの体をすり抜けていた。  そう、マルが吠えなかったのは。彼女の隣に座る男性が、マルには見えていなかったから。  夫婦で座っているように見えて実は、旦那さんの方は幽霊だったからで。 「ああ、そう……そうなの、ここに……」  くしゃり、と彼女の顔が泣きだしそうに歪む。 「……あの人、病気でずっと入院していて、一か月ほど前に亡くなって。それで……昔二人でよく来た公園にね、ついつい足を運んでしまうようになったの。このベンチで二人座って、よくおしゃべりをしたものだわ。土曜日と日曜日に来ることが多くてね。……そう、あの人、此処にいるの」 「はい」 「気難しい、怖そうな顔の人でしょう?気にしていたわ。でも私には……とても親切で、優しい人でもあったのよ。ちょっとむっつりだけど」 「ふふ、そうなんですね」  私には見えている。それを聞いた旦那さんが、泣きそうな笑顔を彼女に向けていることを。きっと、奥さんのことが好きで好きでたまらなくて、心配で心配で、つい一緒に公園に来てしまっていたのだろう。  その心配が晴れるまでは、もう少し時間がかかるかもしれない。そして私は幽霊の声までは聴けない。それでもだ。 「おじいさん、笑ってますよ。だからおばあさんも……笑って生きてあげてください。おじいさんの分まで」  今日もベンチで、愛は寄り添っている。  すべての人に見えずとも、確かにそこに。
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