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コーヒーの芳ばしい香りとともに『カフェ・セラヴィ』の看板が見える。
莉咲のお気に入りのカフェだった。
(さて、気を取り直して今日も飲みますか……!)
この店でカフェモカをテイクアウトするのが莉咲の日課だった。半年前から通い始め、毎日は金銭的にきついので週3~4回のペースで通っている。
先ほどまでの落ち込みはなかったかのように、莉咲は軽やかに店内へ入って行く。
レジで注文し、待っている間にイートインスペースへ目を向けると、いつもの後ろ姿が見える。
(今日もいる……!)
茶色のロングコートを着た男性で、いつも同じ時間帯に同じ席に座っていた。彼も莉咲と同じ常連客なのか、ここ1~2ヶ月の間で多く見かけるようになった。
それでも莉咲は彼の顔を一度も見たことがない。
いつも背を向けているため、後ろ姿しか見たことがないのだ。なので彼も莉咲の存在に気づいていないはずだ。
(どんな顔してるのか気になるなぁ……)
と思いつつ、カフェモカを受け取って店を出た。
ちょうど飲み終わる頃、彰人と暮らすマンションのエントランスに到着する。
『今、下に着いたよ。』と約束通りにメッセージを送り、エレベーターのボタンを押した。
玄関ドアを開けると、揚げ物のいい香りが漂ってくる。莉咲は胸いっぱいに吸い込みながら「ただいま~」と声をかけ、手洗いうがいを済ませてからリビングに入った。
「おかえり。ちょうど揚がったよ~」
上着を脱いでテーブルへ向かうと、すでにご飯と味噌汁、サラダが用意されており、彰人が揚げたての鯖の竜田揚げを載せた大皿を運んできてくれる。
「はい。どうぞ!」
「いただきまーす!」
莉咲は着席してほんの10秒ほどで夕食を食べることができた。
(幸せ~)
彰人の作るご飯は母の作るご飯より美味しかった。
彼は一人暮らしが長く、料理が得意だった。現在WEBライターをしている彼は取材以外は家にいることが多いので、家事全般をこなしてくれている。
家事が苦手な莉咲にとって、得意な彼との生活はとても快適だった。
「アキちゃん、美味しい。いつもありがとう~」
「りいちゃんもお仕事お疲れさま」
微笑む彼の顔が、莉咲は何よりも好きだった。
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