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莉咲は絶望の中、当時を思い出していた。
たしかに彰人の言う通り、『付き合うことはできるけど結婚はできない』とはっきり言われていたのだ。それでもいいなら付き合おう、と。
当時の莉咲は彼と付き合えること自体が嬉しくて、将来のことまで考えていなかった。いつものように、明日になれば何とかなる、気が変わるかもと真剣に受け取っていなかったのだ。
彼には結婚願望がない。
いつの間にか忘れてしまっていた。
「……そ、そうだったね…………」
やっとの思いで声を絞り出し、莉咲は肩を落とした。
彰人に結婚願望がない理由も、莉咲は聞いていたのだ。
彼の両親は父親の不倫が原因で離婚しており、5歳のときに母親と別れ、現在は消息不明。父親に引き取られた彰人は祖母の家で育てられ、父親はその後再婚。
15歳のときに祖母が亡くなり、父親の家族と同居することになったものの、その家庭に彰人の居場所はなく、高校入学後に父から一人暮らしを強要され別居。
その父親は2年前に他界したが、彼は葬式に行かなかった。
複雑な家庭環境が影響し、彰人には結婚願望がないことを知った上でも莉咲は“何とかなる”と思っていた。
(そんなアキちゃんを私が変えてみせるって、当時は思ってたんだよなぁ……)
莉咲はあまりにも自分が短絡的に考えていたのが情けなかった。
「そうだよね。そうだったよね……。ごめんね。いつも忘れちゃう女で……」
おそるおそる顔を上げて彰人を見ると、彼は申し訳なさそうな表情で小さく頷いた。
「僕の方こそ、りいちゃんの期待に応えられなくてごめんなさい……」
「そ、そんな謝らないで! アキちゃんは最初からきちんと話してくれたじゃない。悪いのは忘れてた私なんだから、そんな顔しないで……」
莉咲はそんな顔と台詞を彰人に言わせてしまったことを、何よりも申し訳ないと思った。
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