11 異父兄弟

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11 異父兄弟

「え……?」  莉咲が顔を上げると、目の前にいたはずの桐生の姿はなくなっていた。  桐生は背中を向け、どこかへ向かって歩いていく。その先に彰人を見つけた莉咲は慌てて声をかける。 「ちょ、ちょっと……!」  その声は届くことなく、桐生は彰人たち3人が座るのテーブルの前に立つ。  桐生の存在に気づき、不審に思った3人は顔を上げる。 「あの、すいません……」  桐生が彰人に向かって話しかけようとすると、彰人の向かいに座っていた女性が、桐生の顔を見て驚きの声を上げる。 「え? うそ……堂島君とそっくりじゃない!?」  その言葉に、一緒にいた男性も桐生の顔を覗き込み「ほんとだ……」と呟く。  肝心の二人は黙ったまま、お互いを見つめている。  先に口を開いたのは桐生だった。 「あの、僕……桐生彰といいます。桐生……月子(つきこ)を憶えていますか?」  その名前を聞いた彰人は明らかに動揺したが、言葉は発せられなかった。 「堂島彰人さん……ですよね?」  桐生から名前を訊かれた彰人は、小さく頷いた。  それから何とか声を絞り出し、 「あなたは……?」  とだけ訊ねた。  桐生は目を潤ませ、しっかりと答えた。 「僕は……桐生月子の息子です。あなたの……弟です」  彰人は“弟”と言われ、微かな母の記憶がぼんやりと思い起こされた。  あの人は、母は、どんな顔をして、どのように接していたか。蓋をしていた記憶が溢れ、それだけで彰人の思考はいっぱいいっぱいになり、目の前の桐生に応対することができずにいた。  一方の桐生も、彰人の心情を察してか、何も言わずひたすら待ち続けた。  ***  二人のやりとりに業を煮やした女性が立ち上がる。 「堂島君、私たち席外すね」  女性は男性にもアイコンタクトを送り、男性も立ち上がる。 「森野さん……」  何とか声を上げた彰人だが、その先の言葉は続かない。  森野と呼ばれた女性は頷き、 「残りの取材は私と須賀君で回るから。今は……弟さんと話して」  須賀と呼ばれた男性もささっと荷物をまとめ、 「彰人さん、貸しひとつってことで」とさわやかな笑顔を向け、席を立つ。  森野は椅子を引き、桐生へ「どうぞ座って」と声をかけ、彰人に「じゃあ、余裕ができたら連絡して」とだけ言い、須賀と並んで颯爽と店をあとにした。  彰人は二人に深々と頭を下げ、見送った。
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