白鈴

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白鈴

私が客を取り始めて数ヶ月経った頃、私を欲しがる男どもが現れ始めた。 私は閨事(ねやごと)が得意な訳では無かったが、碁や将棋、歌や舞が得意だったため、そこで好かれたのだろうと私は思っている。 「はぁ、」 「どうされたのです?」 「いや、ちょっと疑問に思ったことがあってね。それを考えていただけだ。気にしなくていい。」 「かしこまりました。あまり、窓の外に体を出しているとお体が冷えます故、こちらへどうぞ。ついでに暖かいお茶もお持ちいたします。」 「ありがとう。でも、もう少しだけ眺めさせて。」 「かしこまりました。では、お茶を取りに行きますので、失礼いたします。」 「少しぬるいのでおねがい。私、熱いのは苦手なの。いいかな?」 「かしこまりました。少しぬるめのお茶をお持ちいたします。」 「下がっていいよ。」 「はい。」 今日は、蓮(リエン)とは別の雛で、この妓楼に入ったばっかりのまだまだ若い子だった。たしか、9歳だったはず。この子私と同じ歳が来たら蝶になるのか…悲しい現実ではあるが、私たちの運命(さだめ)でもある。 「蓮だけは守らなくては。あの子だけは穢したくない。だから絶対に守らなくちゃ。」 ボソボソと呟いたあと、私は気分転換に詩(うた)を詠んだ。 「人情翻覆似波瀾  (人情の翻覆は波瀾に似たり)  白首相知猶按剣  (白首の相知も猶(な)お剣を按じ)  朱門先達笑弾冠  (朱門の先達は弾冠を笑う)  草色全経細雨湿  (草色は全く細雨(さいう)を経て湿(ぬる)い)  花枝欲動春風寒  (花枝は動かんと欲するも春風寒し)  世事浮雲何足問  (世事は浮雲 何ぞ問うに足らん)  不如高臥且加餐  (如(し)かず 高臥(こうが)して且(しばら)  く餐(さん)を加えんには)」 さて窓から離れないとな。雛に叱られてしまう。 「白鈴様、入ります。」 襖越しから少し声が聞こえた。 「いいよ。」 スーッと言う音と共にお茶と茶菓子を載せた盆を持った雛が帰ってきた。 「雛、ううん、雪(シュエ)。持ってきたものそこの机に置いておいて。食べるし、飲むから。」 「かしこまりました。」 「雪。」 「はい。なんでしょう。」 「私を欲しがる男は誰がいいと思う?」 「そうですね、うーん、悩みますね。」 「そんなに悩む?」 「はい!だって、どの人も白鈴様のことを幸せにしてくれそうな人ばかりですもん!」 「そうなのね。」 「なんですかぁー?そんな冷たい反応はー。」 「私には皆同じようにしか見えないのだけれど。」 「それは、閨事に集中しているからではありませんか?」 そう言われ、飲んでいるお茶を吹き出した。 「え?」 「だって、僕見た事あったんです。白鈴様の閨事を。最中はきちんと集中なさってたみたいで、僕の存在に気づかなかったんですもん 。」 「それは…えっと、その…」 「もー、照れちゃってー」 思い出したくないくらい嫌な思いをした相手と別に、思い出しただけで恥ずかしくなるような相手をここ数ヶ月の中で夜の相手だった。 「雪、それ以上はダメ、閨事の後はいつも思い出さないようにしてるの。」 そういって私は、項(うなじ)まで真っ赤にした顔を近くにあった着物で隠した。 「まぁまぁまぁまぁ、でも、白鈴様を欲しがる人が多くて白鈴様の金額がどんどんつり上がってるみたいですね。他の雛の噂で聞きました。」 「だろうね。私を買う時は金貨が20枚、銀貨50枚いると婆から聞いたよ。」 「そんなに!?」 「そうだよ。そろそろ私を買う人がいなくなるくらいの金額に跳ね上がるんじゃない?」 「…凄すぎてびっくりしました。」 「僕の蜜が欲しい蜂と蟲(むし)がいるんだよ。」 「そうなんですね、蜂と蟲ですか、難しい例え方しますね。」 「そうだね。」 「うーん、僕にはその例えが難しいから分からないですけど、でも、いい意味と悪い意味なのは分かります!」 「ふふ、そうね。お前はまだ幼いからね、分からなくていいこともあるんだよ。」 「むぅ、僕も知りたいです!」 「おしえなーい。」 「白鈴様はケチです!」 「ふふっ」 「あ、そういえば、今日のお相手はどんな方なんですか?」 「さてね、私にお金をうんと沢山積んでこれるかによるね。いつもそうだけど、私たち蝶は人を選べないからね、変態が来たらそれに合わせなきゃだし、大変だよ。」 「そうなんですね、お相手が終わったあとは僕と蓮で話を聞きますよ!」 えっへん!と言わんばかりに自信を持って雪は言った。 「でも、いい人が来るといいな、特大変態なやつはもう懲り懲りだよ。」 「それは…なんとも言えないですね。」 「そうだね。ほんとに、そう。」 「白鈴様に優しい人が来ることを僕はお祈りしておきますね!」 「ありがとう。雪は優しいね。」 「そんなそんな!僕は白鈴様が大好きですから!」 どこでそんなに人望を集めたか分からないが、大好きと言われるとむず痒くなる。 「まぁ、大好きなのはわかったよ。あのさ、1つお願いを聞いてくれるかい?」 「はい、なんでしょう?」 「私が今晩の閨事が終わったら、私と碁をやって欲しいんだ。いつか必要になる日が来ると思うし、雪のためにもなるのかなって思うんだ。いいかな?」 「はい!いいですよ!負けないように頑張ります!」 「ははっ!ほぅ、その意気受け取ったよ。言ったからには勝ってもらわないとね。」 私が意地悪に笑って見せたら、雪はその顔を見て愛おしそうな顔をした。 「ん?どうした?」 「いえ、なんでもないです。」 「そうか、あら、もう日が暮れ始めたね、用意をしようか。他の雛を呼んできな。支度をするよ。今日はいちばん色っぽくして欲しい。」 「かしこまりました。他の雛達を呼んできますね!一旦失礼いたします。」 タッタッタッと雪はほかの雛を連れてくるために部屋から走って行った。 「色っぽくか、目当ての人が来たのかな…」 そう雪はぼそっと言った。 「あと人が来るのが見えた。昨日と引き続きあの人が来るなんて、嬉しいな…今日はどんな舞を見せようか、考えるだけで楽しみだ。でも、」 いつ抱いてくれるのだろうか… そう思うのは罪なのだろうか、好きになってしまうのは罪なのだろうか、 「失礼します。雛達を呼んで参りました。」 「わかった。今日はあの人が来る。あの人の好きな色、青い着物を着せて、水色の石が着いた銀の簪を差してくれ。今日は蝶の痣に色を塗らなくていい。あと、扇子ではなく舞に使う布を用意してくれ。髪型は…そうね、色っぽく見えるようにして。いい?お願いね。」 「かしこまりました。白鈴様。」 あの人が来る。夜がくる。 「楽しみだ。」
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