1. 就活

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1. 就活

 朋彦(ともひこ)は暗い気持ちのまま、商店街を歩いていた。  東京での就活がうまく行かず、最後の望みの企業からお祈りメールが届いていた。  こうなったら大学があるこの地方都市で就職するか、さらに田舎の実家に戻るしかない。  しかし田舎に帰れば、親の営む小さな工場を手伝う羽目になるだろう。次期社長の兄の元でこき使われるのだ。  この町に残ろうか……。この町には恋人の千春(ちはる)がいた。彼女は朋彦がここに残ることを喜ぶだろう。  確かにこの町で就職して彼女と結婚するのも悪くない。  しかし最初から地元企業は歯牙にも掛けていなかったので、かなり出遅れていた。辛うじて朋彦の虚栄心を満たしてくれそうな地元企業の採用は、とっくに終わっている。  千春もそうだ。  千春は父親が営む喫茶店の看板娘で、可愛いし、愛嬌のあるいい子だ。彼女目当ての常連客も多い。  しかし、東京での就活で出会った垢ぬけた女たちとは明らかに違っていた。  このままこの町で生きる人生は、なんだか面白味がない気がしていた。  同じ学部の友人、祐作(ゆうさく)の噂を思い出す。  あいつは(あかつき)フーズというスーパーを全国展開する、東京の大手企業に決まったらしい。  千春の父親が営む喫茶店『道草(みちくさ)』の近くまで来て、ふと朋彦は足を止める。  コーヒーでも飲んで行こうかと思っていたが、千春に就活の結果を聞かれるかと思うと憂鬱になり踵を返した。  そしてさらに路地を入ってもう一本裏の道に出てぶらぶらしているうちに、一軒の骨董品店を見つけた。 『骨董品 (むかし)堂』という古い木の看板の横に、墨で“替え玉入りました“と書かれた半紙が貼ってある。 (替え玉?)  替え玉とは、身代わりという意味か、あるいはラーメンの替え玉か? (いや、どちらも違う)  朋彦は首を傾げる。  骨董品店がそんなもの扱っているわけがない。  興味をそそられ、その骨董品店に入ってみることにした。 「いらっしゃいませ」  三十前後の店主らしい男がカウンターの向こうに座っていた。  男は仕立ての良いスーツを粋に着こなし、この町に似つかわしくない“ハイカラ”な感じだ。  雑然と商品が置かれている店内も、よく見れば西洋の年代物の品々が並べられている。 (こんな町にもこんな雰囲気のいい店があるんだな……)  朋彦は感心する。 「何かお探しで?」  店主が聞く。 「あ、いえ。その、表の“替え玉”って何かなと興味を持って……」 「ほう。あれに興味をお持ちでしたか。では、こちらにお掛けになってお待ちください。今お持ちしましょう」  店主はカウンターの前の椅子を指さすと、背後のドアを開けた。 「あ、でも……」  朋彦は店主を呼び止める。 「僕、学生で金ないんで」  この店に置いてあるような高価なものは買えないことを伝えた。 「大丈夫ですよ。無理矢理売ろうなんていたしません」  店主はニッコリ笑った。 「それにあの貼り紙に気が付いたあなたには、替え玉が必要なのかもしれません」  意味ありげに言うと、店主は奥に引っ込んだ。
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