2. 替え玉

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2. 替え玉

「こちらが替え玉です」  戻ってきた店主は、指輪を入れるようなビロードの箱をカウンターに置いた。 「開けてみていいですか?」 「どうぞ」  店主の答えに、朋彦がそっと箱を開けると、ケースの中にはビー玉のようなガラスの玉が入っていた。 「これって、ビー玉ですか?」  朋彦は思ったことをそのまま口する。  すると店主は大笑いして、「まあ、ビー玉にも見えなくはありません。しかし、これは単なるビー玉ではありません」と、意味ありげに話す。 「というと?」  朋彦は身を乗り出す。 「これは人生を変える“替え玉”です」 「人生を変える?」  今の境遇を嘆いていた朋彦は、ふとその言葉に心惹かれる。 「この玉を、自分と人生を取り替えたい相手のポケットに入れると、互いの人生が逆転するんです」 「まさか!」  胡散臭い話だった。 「信じられないかもしれませんが本当です。ヨーロッパに昔から伝わる品です」  平然と店主は言う。 「こんな物で人生が逆転するとは思えません」  朋彦は半信半疑だった。 「ある王家の弟王子が、この玉で兄王子と立場を逆転させたという史実もあります」と、ヨーロッパのある国の名を挙げる。  自分より力が劣るのに兄というだけで皇太子に選ばれたことに納得できない弟王子が、替え玉を使って皇太子の座を奪ったのだという。  店主は説明を続けた。 「この替え玉を、人生を交換したい相手のポケットに入れます。すると、しばらくして玉は消えてなくなり、それから効果を発揮し始めます」  朋彦は店主の話を聞いているうちに、段々と替え玉が欲しくなってきた。  もしこれを兄貴のポケットに入れたら、僕が跡継ぎになれる。  いや違う。いっそ、あいつのポケットの中に入れたら……。  そんな欲が湧いてきた。 「いくらですか?」 「いくらでしたらお買い上げになりますか?」  朋彦はそう問われて悩む。  試されているような気がした。自分の人生を好転させるために、お前ならいくら払うのかと。 「十万円。十万円ではどうでしょうか?」  昨日がバイトの給料日だった。それに親からの仕送りの残金を合わせれば、なんとか用立てできる。  しかし、店主はこんな金額で納得するだろうか? 「わかりました。お譲りしましょう」  店主は微笑むと、ビロードの箱を朋彦の方に押しやった。 「えっ」  あっさり手に入り、朋彦は驚く。 「この店のものは、すべていい値でお分けしているんです。さあ、代金をご用意いただければ、すぐにお渡ししますよ」  効果がなくても今より悪くなることはない。ひと月ひもじい思いをすればいいだけだ。  朋彦は一か八か、この“替え玉”に賭けてみることにした。
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