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6. 後悔
「祐作!」
「朋彦じゃないか!」
笑顔の祐作が立っていて、懐かしそうに朋彦の名を呼んだ。
「パパとお店の前で会ったんだ」
子供は祐作をパパと呼んだ。ということは……?
「おかえりなさい。祐作さん」
千春は祐作に優しく微笑む。
「誰、このおじちゃん?」
子供は無邪気に朋彦を見る。
「パパの大学時代のお友達だよ。さあ、手を洗っておいで。おやつがあるよ」
祐作が言うと、「はーい」と子供はカウンターの奥へ引っ込んだ。
「この町、何年ぶりだ?」
カウンターに祐作と朋彦が並び、コーヒーを飲んでいた。
祐作の隣りでは、祐作と千春の子供がおやつを食べていた。勉強ばかりの自分の息子と違い、子供らしい子供だった。
「十五年かな」
朋彦が答えた。
「立派になったな」
祐作は心から喜んでくれているようだった。
「祐作、お前はいつから千春ちゃんと?」
「内定取り消しのあとこっちでなんとか就職して、それからすぐかな」
祐作の説明に、カウンターの向こうで千春が祐作に微笑んだ。
千春と付き合い、結婚して子供に恵まれた祐作は、義父が病気になったのを機に脱サラして、喫茶店を手伝うようになったという。
「幸せなんだな?」
朋彦が聞く。
「ああ、とても幸せだ。都会の生活は俺には合わなかっただろう」
「そうか……」
複雑な気持ちだった。
朋彦は、祐作にも千春にも恨まれていないことに感謝していた。
一方で、今二人にある穏やかな幸せが、もしかしたら自分のものだったかもしれないと思うと虚しい気持ちになった。
目が合うと微笑み合う千春と祐作。夫婦仲の良さが伝わって来る。
しかし、あの千春の微笑みは自分に向けられていたかもしれないのだ。
「そろそろ帰るよ」
朋彦は居ても立ってもいられず、席を立った。会計をしようとしたが、「今日はご馳走させろ」と受け取ってもらえなかった。
「いつまでこっちに?」
店の外まで送ってきた祐作に聞かれる。
「明日だ」
朋彦は答える。
「じゃあ、良かったら明日もコーヒー飲みに寄れよ」
祐介の言葉に、朋彦はうんと肯いて店をあとにした。
店を出た朋彦には、もう一軒訪ねてみたい店があった。
夕暮れの薄暗い路地に入り、もう一本裏道へと進むと、目指す店『昔堂』はあった。
あの“替え玉入りました”という貼り紙はなかったが、最後の頼みとばかり朋彦は店に入った。
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