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埋まらない心の隙間
「集中出来ないなら帰れ!」
「申し訳ありませんでした」
バックオフィスで上司に呼び出されたのは、スイミングクラス生徒を溺れさせてしまったからだ。
不幸中の幸いか、少し水を呑み込んでしまった程度で、本人も親御さんからも大丈夫だからと言ってもらったけれど、大事故に繋がりかねないミスを犯してしまった。
「人の命を預かる仕事だってことを忘れるな」
「はい」
「話はこれで終わりにするが、困ってることがあるならいつでも相談には乗る。俺に話せないことなら、他にも聞いてくれる奴に相談して早めに解決しろ」
「ご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「それから伊原」
「はい」
「有給休暇の申請、今年に入ってから一度もしてないだろ。ちょっと休んだらどうだ」
これだけの問題を起こしてしまったのだ、気持ちを切り替えるために休めと言われてしまうのも無理はない。
「分かりました。申請書をすぐに提出します」
泣きそうになるけど、今回ばかりは私が泣くのは間違ってる。
事務担当の社員に声を掛けて、思い切って十日分の有給休暇の申請を頼むと、プリントアウトされた申請書を持って上司の承認をもらう。
「なあ、伊原」
「はい」
「伊原は貴重な人材だよ。だからもちろん辞められたら困るんだ。何があったか分からんが、休みの間に解決することを祈ってるよ」
「すみません。ありがとうございます」
必死に泣くまいと唇を噛んで頭を下げると、バックオフィスを出てロッカールームに移動する。
今日と明日は元々休みだったし、有給休暇明けのシフトを確認すると、その日も休みなので二週間近い長い休みを取ることになった。
「本当、何してんだよ、私」
久々の初級クラスで、私以外にもインストラクターが付いていたから完全に油断してた。
プールの水深は変えられないので、初級クラスの子たちを見る時は、プールに足場を組んだスペースで指導する。
小さい子たちは好奇心旺盛で、絶対に目を離さないようにしなければいけないのに、一人の元気な子に気を取られるだけじゃなく、樹貴さんとのことを考えていた。
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