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仕事中だというのに注意力が散漫した私は、結果として担当している他の子が足を滑らせたのを見落としてしまった。
こんなこと今まで一度だってなかったし、恋愛なんてくだらない感傷のせいで、自分がこんなミスをしてしまうなんて情けなくて恥ずかしかった。
やるせない気持ちのまま着替えを済ませると、やり場のない気持ちを握った拳でロッカーにぶつけてしまう。
金属が歪む音に驚いたのか、隣の休憩ブースから同僚が駆けつけて来て、怪我はないかと心配して顔を覗き込まれた。
見ないで欲しい。咄嗟にそう思った。
そしてそこで初めて冷静になって、自分のバカさ加減にうんざりした。
「ごめん。ボーッとしてたら頭ぶつけちゃって」
「本当に大丈夫? 顔真っ青だよ」
「うん。ありがとう」
きっと私がミスをしたことは、みんなが知っている。
それも含めての大丈夫かということなんだろうけど、ミスの原因があまりにも情けなくて誰にも打ち明けることは出来ない。
ジムを出て駐輪場のクロスバイクに跨ると、通い慣れた道を通って家に帰る。
もしも樹貴さんが居たらどうしようかと怯えてしまうのは、今日までに届いてるメッセージを全て無視してしまっているからだ。
相変わらず忙しいことに変わりはないのか、メッセージや着信が残されることはあっても、実際に樹貴さんがこの家を訪れることはない。
電気の消えた家の様子に安堵して玄関の鍵を開けると、誰に言うでもなくただいまと呟いて玄関ホールの電気をつける。
そして二階の自室に入ると、すぐに荷造りをしてから飛行機の手配を済ませて空港に向かう。
駅までの道で電話を一本かけると、福岡に住む母方の祖母に連絡をとり、まとまった休みが取れたのでしばらく泊めて欲しいと頼み込んだ。
声の様子で異変は感じているだろうけど、楽しみに待ってるよと言ってくれる優しい声に安堵して電話を切った。
空港に向かう途中、樹貴さんからメッセージが届いたけれど、仕事であんなミスをしたにも拘らず、どうしてもメッセージを開いて向き合うことが出来ない自分が情けなくなる。
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