決裂

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 不安と不満が掻き立てられて、僅か一、二分ほどの出来事が十分や二十分に感じられて、私が貴方の彼女じゃなかったんですか。そんな気持ちにどんどん心の中がどす黒く侵食されていく。 『突然マイクオフにしてごめんね。ちょっと立て込んでて、今からすぐに病院に行かないといけなくなっちゃったんだ』 「……そんなにその女性(ひと)が大事ですか」 『え?』 「樹貴さんが忙しいのは分かってるし理解してます。だけど隠し事されて、無条件に信じろなんて虫が良すぎると思います」 『香澄ちゃん、違うんだ。待ってくれないか』 「私と話してるより、その女性(ひと)と赤ちゃんを大事にした方が良いんじゃないですか」 『香澄ちゃん、遥香のことは本当に誤解なんだ』  否定するどころか親しげに名前を呼んで、あまつさえ誤解だとか、何が誤解だって言うんだろう。まるで私が悪者みたいじゃないか。 『ねえ香澄ちゃん、頼むから』 『ううっ、樹貴くん、お腹がっ』 『おい、大丈夫か遥香』  言いすがる樹貴さんの向こうから、切羽詰まった女性の悲鳴が聞こえて、それを必死になって心配する樹貴さんの声に、私の気持ちは完全に萎えてしまった。 『ごめん香澄ちゃん、今は本当に説明してる時間がないんだ』 「説明なんか要らないですから、大丈夫です」 『いや香澄ちゃん、本当に誤解してるから、仕切り直してきちんと話を』 「この状況で、何をどう誤解してるって言うんですか。樹貴さんは身勝手です。もう二度と連絡して来ないでください」 『香澄ちゃん。ちょっと待てって、香澄っ』  切羽詰まった声だった。だけどこれ以上聞きたくなくて、私は電話を切った。  もしかしたら樹貴さんが言う通り、何か複雑な事情があっても、それを聞こうともしない私は事実を誤解してるのかも知れない。  例えそうだったとしても、私がこんな風に切り出すまで、樹貴さんは何も話してはくれなかった。結局それが答えなんだと思う。  所詮私は、大事なことを話す必要がない相手で、知りたいと望むことすら迷惑なんだろう。  冷蔵庫で冷やしていたワインを持ってくると、グラスも使わずに、ボトルから直接冷えたワインを喉に流し込む。  あれだけ引き留めたくせに、樹貴さんから連絡がある様子はない。 「ハルカって人の方が、やっぱり大事なんだよね」  声に出すと一層苦しくなって、私は感情的な気持ちに支配されたまま、樹貴さんの連絡先を全てブロックした。  でもこれで良いんだと思う。  分布相応な夢を見てただけ。あんな素敵な人が、私なんかを好きでいてくれるはずがない。 「可愛い声の人だったな」
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