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彼女を見た雫はまず『なんてきれいな人なんだろう』と思った。
艶やかな黒髪を一つに束ね、灰色の生地に鶴が二翼描かれた着物に赤いヒール。童顔かつ若々しい肌をしているため、ティーンエイジャーに見えなくもない。だが、その着物と深い赤色の口紅が彼女を妙齢の怪しく美しい女性にしていた。
「お待たせいたしました。わたくしが小日向結婚相談所代表、小日向梢でございます」
梢は品よく笑うと名刺を取り出した。雫も立ち上がり、自分の名刺を差し出す。梢は雫の名刺を見て「まあ」と声をあげた。
「大きな会社の部長さんでいらっしゃるんですね! それは、それは、とても努力されたことでしょうね」
梢の名刺を指でなぞりながら、雫は「ええ」と頷く。
「好きなことを仕事にしておりますので、仕事を認めていただけるのは嬉しいです。でも結婚しても仕事続けたいというのは我儘でしょうか?」
「いいえ? 素晴らしいことでございます」
「でも忙しくて、家庭が想像できないと言われて……」
「ふふ、大丈夫ですよ。まずはお座りになってください」
雫は席に着くと、ため息を吐いた。
「すいません、勝手にベラベラと……」
「いいえ、緊張されるのは当然のことです。何事も初めてのときは緊張するものですし、緊張がなくては始められないものでございます」
梢は雫の前に腰を掛けた。するとタイミングを見計らったように、先ほどの受付嬢が入ってくる。彼女は雫の前に猫のアートがされたカフェラテを置き、梢の前に冷やをおいて退席した。雫はカフェラテを一口飲むと、深呼吸をする。梢は雫を観察しながら、冷やの入ったグラスを一撫でした。
「雫さまは叶さまからのご紹介でしたね」
「ええ、叶とは……親友なんです」
「それは素晴らしい。友人は美しい財産です。叶さまのパートナーの整さまにお会いしたことは?」
「あります。叶にぴったりの優しい人ですよね。叶は真面目だけど誤解されることも多くて、でも彼は叶のことを理解して、尊重していて、叶も彼のことを尊敬していて……あの夫婦はわたしの憧れなんです」
「ええ、叶さまは整さまにぴったりの方でございます。当社はそういった方しか紹介しないと決めているんです。ですから、雫さまにもぴったりの方しかご紹介は致しません。しかし、必ずしもぴったりの相手が雫さまの条件にそぐわないこともありえます。その点はご了承いただきたい」
社会人経験の長い雫は、顧客の求めるものと顧客に合うものには差があることはよくあると分かっていたため、すぐに納得を示す。むしろこの発言は、信じるべきところだと雫は判断した。
「わかりました、入会します」
「お話に伺っていた通り決断の早い方ですね」
「お話?」
「実は叶さまから」
「え、叶ったら……どんな話をしたのかしら」
「色々伺っております。なので、実はもう目星をつけていました。おかげですぐに紹介を始められます。うふふ、入会してすぐ結婚されるのが一番楽なんですよ」
「ふふ」
梢のあけすけな言葉に雫は信頼を置き、ようやく心からの笑みを浮かべた。
「では契約を済ましてしまいましょう。そしたらご紹介を始めさせていただきます」
梢は雫に料金とサービスについて説明し、独身証明書の提出と契約書への捺印を求めた。雫は証明書を出した後、契約書を一通り読み、気になった箇所を指さした。
「この、『アフターサービス』ってなんでしょう?」
「結婚後も当社は全力でサポートをするということです。叶さまもたまにいらして、お茶をされていきますよ」
「成婚までしか会費はとらないんですよね? ……それで、成り立つんですか?」
「うふふ、当社の資金は潤沢なんです、うふふ」
雫は梢につられて笑うと捺印した。自分に損はないと判断したためだ。梢は契約書を確認し、提出された独身証明書を確認すると「では、雫さま」と微笑む。
「お話を伺いましょうか」
梢はまたグラスを一撫でし、微笑んだ。
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