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「高望みとはわかっているんです」
雫は前置きしてから自分の求める条件を口にする。
「年収はわたしと同じか、それより多め。遺産騒動はいやなので、親族が面倒じゃない人。それから浮気は絶対しない人、できたら、……」
雫は言葉を止めた。雫の条件を丁寧にメモしていた梢が「できたら?」と聞き返すと、雫は恥ずかしそうに俯いた。
「顔が、……」
「お顔は大事ですよねえ、どんなお顔がよろしいですか? アイドルに例えると?」
雫は有名なアイドルの名前をあげた。梢は「いいお顔ですよね、彼。一重でぱっちりとした目で……」と優しく微笑むが、雫は顔を真っ赤にした。
「すいません。いい年して、美人でもないのに……」
梢は優しく微笑む。
「アイドルはいらっしゃいませんが、そういった顔の方でご紹介したい方がいらっしゃいます」
「え!? そんなことあります?」
「ねえ、あるんですねえ、うふふ」
梢はまたベルを鳴らした。すると受付嬢がまた書類を持ってやってきた。今度は釣書のようだ。梢はそれを受け取ると難しい顔を作って雫を見た。
「こちらをお見せする前に確認したいことがあります」
雫は姿勢を正し「はい、お願いします」と優等生のように答えた。
「まず、この方は高年収のお仕事はしておりませんが、大富豪。働く必要が向こう二千年はないような方です。しかも親族との揉め事の心配もありません。……それでもやはり仕事は高年収でないと生理的に受け付けませんか?」
雫は、石油王でも紹介されるのかしら、アラブには引っ越したくないけど……と心で冗談を言いつつ、口を開く。
「仕事はしている方がいいような気もしますが、それだけお金持っていればいいのかな……ちょっと想像できなくて……」
「桁違いのお金持ちは想像できませんよね。うふふ、でも仕事はされていますよ。年収は高くはありませんが、お仕事が好きというところは雫さまと同じかと思います」
「……それはすごく好感が持てますね」
「しかも!」
急に大きな声を出した梢は書類を確認してから、うふふ、とまた笑う。
「パッチリとした一重に通った鼻筋の好青年なんです! 体型も細マッチョ! 身長も一七〇後半と、雫さまにぴったりの高さなんですよ!」
「……そんな条件の人が結婚しないで残っていることあります? なんか、ありません?」
雫のはっきりとした言葉に、梢が分かりやすく肩を落とした。
「さすが雫さま、慧眼でございます……難があるといえば一つだけ」
梢が言葉を止め、雫は唾を飲んだ。
「雫さま、蛇は『まだ』お好きでしょうか?」
梢の言葉に雫はぱっと顔を赤くした。
「叶ですか!?」
「小学生から大学生まで蛇をこっそり飼われていたと伺っております」
「あいつ……そんなことまで……!」
雫としては隠しておきたかったことだったが、梢としては知りたかったことだった。梢がうながすと、雫は渋々といった様子で話し出す。
「ええ、飼っていました。家の近くの神社の裏にいたシマヘビで、駆除されそうになっていたのを保護したんです。大学生の時に亡くなりました。寿命だと思うんですが、もしかしたら野生の方が長生きできたんじゃないかとも思い、……それから蛇は飼っていません」
「……今でも蛇はお好きですか?」
「もしかして、蛇を飼われてる方なんですか?」
「ええ、蛇が苦手な方には難しいお相手なんです」
雫はつい「そんなこと」と呟き、梢は顔を明るくした。
「『そんなこと』、気にされませんか?」
「ええ、蛇は大好きです」
「よかった。でしたらお写真をご覧ください。きっと気に入られると思います」
梢はようやくその釣書を雫に見せた。
その釣書の『写真』を見た瞬間に梢はあれこれを疑っていたのを一端おいて「ヒャア」と、声を上げた。
「お気に召しましたか?」
写っていたのは白髪の短髪を後ろに流し、額をさらす好青年だ。ぱっちりとした一重が印象的で、モデルのように整った顔と体躯をしている。釣書には最低限の事しか書かれていないが、見た目からして年齢は雫と同じか、もしくは若いぐらいだろう。緊張している様子は少しもなく、とても穏やかに彼は微笑んでいる。
そして彼が腕に大きな白い蛇を抱いていることは雫にとってはネガティブなものではなかった。
「お気に召されたようですね……」
雫が明るい顔で写真を見ていると、梢もまた明るい顔で本題を切り出した。
「では、雫さま、『雪さま』にお会いしてみますか?」
「はい、ぜひ!」
「うふふ、ありがとうございます」
雫はニコニコと笑っていたが、はたと「写真で選んでしまった」と呟いた。しかし、梢はにっこりと笑って「お顔は大事ですよ」と力強く肯定した。それで安心した雫は週末にお見合いをすることとなったのである。
帰り道、雫が叶に電話で進捗を話すと、叶は「雫は本当に決断はやいね」と笑った。
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