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〝知らない予定を勝手に入れてくれるカレンダーアプリ〟
後輩の企画書を読んで、意味を理解するのに数秒かかった。
これは……何かのボケ? ツッコむべき?
「どうスかね? 自分はこういうの、けっこう今の時代に求められてるんじゃないかって思うんですけど」
俺の予想に反して後輩の声と顔は真剣だった。落ち着いた態度から察するに企画への自信もあるらしい。
「えーと……そうだな……じゃ、気になったことを言わせてもらうけど、勝手に予定を入れられたら迷惑じゃないか?」
「えっ?」
えっ?じゃねえよ。
「でも、適当な予定が欲しいときって、ないです? 日曜に寝過ごしてこれから何しよう?とか、手帳のスケジュール欄が空白だと落ち着かない、とか」
俺は言葉につまった。身に覚えがある気もしたからだ。
「そういう時、〝◯◯の予定があります〟って行動決めてもらうと楽チンっていうか」
「……まあ、ガチのカレンダーじゃなくて、遊び目的でエンタメ性を強く出すとかなら、ワンチャンありかもな」
「っしゃ! 企画つめますね!」
後輩のアプリは『ランダム日和』という名でリリースされ、たちまちヒットした。
正直、なんで?と驚いた。
俺のスマホにもインストールされている。勝手に知らない予定が入っていて、通知がオンだと知らせてくる。
〈ひと駅手前で降りて歩く〉
〈昔好きだった音楽を聴く〉
〈五年前の今日、何をしていたか調べる〉
どれも他愛もない予定とはいえ、現代人はみんな忙しいんじゃないのだろうか?
なぜ『ランダム日和』のユーザーは、自らの貴重な可処分時間を知らない予定に捧げようとするのだろう。
ネットの評判を検索すると、高評価なレビューには「気分転換になった」「良いことがあった」などの感想が並ぶ。
〈桜を見にいく〉という予定が入っていたので出かけたら、ちょうど満開で、失恋の哀しさがやわらいだ。
〈友達に連絡する〉という予定の通りに動いたら、相手と久しぶりに会うことになった。
『ランダム日和』を開発するにあたって、後輩は〝予定〟の内容に特にこだわっていた。位置情報や天気情報との連携といった仕様面はもちろんだけれど、ユーザーが気軽にできて、次を楽しみに待てるような〝予定〟を、開発チーム内で議論したそうだ。
「知らない予定が楽しみなのって、なんかいいじゃないですか」
使ってくれてます?と手元のスマホを覗き込まれる。
とっさに隠したけれど、ミッションコンプリートのメダルは見られたと思う。
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