キャンパス・レポート

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          5  あの日、ふたりで寄り添って話した。 「私、自分でなんでもできるようになりたい」 「そんなにこだわるなよ」 「わかってる。私、環境を変えてみたい。そうしたらきっと新しい私を発見できる。私も外国に行ってみたい。私、自由になりたい」 「外国に行くのはいい。でも、僕が留学して分かったことは、留学なんてしなくても日本(ここ)で何でもできるってことだよ。それに今の僕たちはとても自由だ」 「外国に行けたから、そんなことが言える。私、前にも言った。私には真中さんの言うことの意味が分からないって」 「分からなくてもいい。けど・・・」 「私を、いじめないで」  晴香が僕の胸に顔を埋めて静かに泣いた。何かが壊れてしまう気がして、僕は晴香の肩をそっと抱き続けた。    *  希伊子が出かけたあと、静まりかえった部屋の中で、僕は今までとは違うふうに、これでよかったのだろうかと、晴香や希伊子とのことを考えた。僕にはこれが新しい物語の始まりのように感じた。僕の脳裏に晴香のギターの旋律が流れ始めた。僕は晴香と作ったこの曲をもっと希望に満ちた曲に変えたくなった。  僕は希伊子の部屋を出て晴香のアパートへ向かった。晴香のアパートの階段を登りドアをノックした。 「晴香」  返事がなく、ドアノブを回すとドアはすっと開いた。僕は部屋に入った。晴香の物が全てなくなっていた。僕はすぐに大学に行き、1号館にある学生課の窓口の女性職員に晴香のことを訊いた。 「退学届けは今朝、出されています」 「今朝ですか!? どこへ行ったかわかりませんか? 連絡先とか・・・」 「それは・・・わかりません」  僕は天を仰いだ。晴香はすでに大学(ここ)からいなくなっていた。  留学していた時、同じようなことがあった。ある女性が僕を頼ってきた。僕は彼女の求めに応えることが出来なかった。彼女が僕から離れていった時、僕はそれに気づいた。ずっと忘れていなかったはずの過ちをまた僕は繰り返した。  僕は完成したばかりの7号館のラウンジに行きカップのコーヒーを飲んだ。それから希伊子のいる総合体育館へ向かってゆっくりと歩き出した。                 -完-
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