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6月になった。英語の授業が終わった後、僕は晴香と建学記念館の1階の隅にある喫茶店に行った。
「英語って難しい。単語が続くと聞き取れない。聞き取れたとしても、何を話せばいいのか分からない」
晴香はテーブルの上で頬杖をついた。それから急に頭を上げた。
「ねえ、次の講義さぼっちゃおうよ」
「は?」
「政治学なんて、どうせつまらない」
「そういう問題じゃ・・・」
「また30分くらい話して終わり。単位は簡単に取れるかもしれないけどなんにもならない。それよりも私、今、ひらめいたことがあるの。真中さん、ついて来て」
授業開始のチャイムが鳴った。僕たちはキャンパスから抜け出して晴香のアパートに行った。アパートは大学の正門から歩いて5分ほどの場所にあった。2階にある部屋に入ると、窓から大学の校舎の一部が見えた。晴香は窓際のベッドに腰を掛けて、ベッドの傍らに置いてあったフォークギターを手にした。僕はフローリングの床の上に座った。晴香がおもむろにギターを弾き始めた。ピックを使わずに晴香は指で弦をはじいて優しい音を出した。しばらく弾いて晴香が手を止めた。鳥のさえずる声が窓の外から聞こえた。
「私、作曲してるの。さっき、とてもいい旋律が頭に浮かんで、それで・・・」
「なんか素敵だね」
晴香がまたギターを弾き始めた。しばらく弾いて、途中で迷いながら演奏を止めた。
「あー、だめだ。真中さん。私ってやっぱり才能ない」
「才能はあるでしょ。綺麗に音が出てるし、曲のセンスもいい。諦めるなよ」
「真中さんだって諦めたくせに」
「アメリカのこと?」
「ごめんなさい」
背筋を伸ばし、晴香は違う旋律を弾いた。その旋律を確かめるように、晴香は繰り返し弾いた。
「この感じ、いいよね!」
静かに曲を弾きながら晴香が言った。
「うん、いいね」
春香が僕に初めて笑顔を見せた。
「ありがとう。もう少しで曲が完成しそうです」
昼に晴香が焼いてくれたトーストを二人で食べたあと僕たちはアパートを出た。それから、それぞれが履修している一般教養の講義の教室へ向かった。
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