10 八月二十日(土)(十日目)

12/13
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/104ページ
 きっと、僕は今、悪魔になっているのだ。  今からでも遅くない。この手を離して包丁で自分の胸を刺せ。  誰かを手に掛けるなんて、そんな恐ろしいことをするな。  同時に、もう一人の僕が笑う。  いやいや。この女のために死ぬなんて馬鹿げている。  冬花の首を締め上げながら、必死に彼女との出会いから、楽しかった思い出を振り返る。けれど、手のひらからこぼれ落ちる砂のように、何の感情も湧かず、味のしないガムを延々と噛んでいるような虚無感に襲われる。  ああ……友達を、殺してしまう。  ――どれだけの時間が経ったのだろう。  ふと気づくと、冬花の動きは止まっていた。  恐る恐る彼女の顔を覗き込むと、冬花は苦しそうな表情を浮かべたまま、息絶えていた。 「冬花、ちゃん」  体をつついても、彼女の体は人形のように重たくなっていて、ぴくりともしない。その瞳には涙が滲み、頬を伝っている。  殺した……。  僕が? 僕がやったのか?  とんでもないことをしてしまった。 「うわあ!」  情けない悲鳴をあげ、僕は彼女の体から飛び退く。これは現実か? 悪い夢を見ているんじゃないか?  自分が恐ろしくてたまらない。自然と涙がぼろぼろと溢れてくる。冬花の亡骸にすがりつき、「許して」と泣いた。そんな自分が滑稽で、さらに涙が滲む。 「北村さんが悪いんじゃないですよ。やらなきゃ、やられていたんです。仕方ないです」  一部始終を見ていたというのに、ヨルの声は明るい。まるで、コメディドラマでも見終わった子供のようだった。 それがあまりにも憎たらしくて、僕は冬花を抱きしめたままヨルを睨みつける。 「面白かったですよ、北村さん」 「……悪魔なんかと契約をした僕が間違ってた」 「親友を二人作っておくべきでしたね。だから、色んな人と遊びに行ったら? と言ったのに」 「どうせ、十日がすぎれば他人に戻る魔法のくせに」 「それは北村さんの努力不足です」 「なんだと」  ヨルはぴょんとベッドから降り立ち、動かない冬花を見つめる。彼女の頬を愛おしそうに手で優しく撫でると、 「北村さんにとって、友達ってなんですか?」 「えっ?」  唐突な問いかけに、言葉が詰まる。  僕にとっての友達?  なんだ? 僕は、友達に何を求めていたんだ? 「夢を見過ぎなんですよ、北村さんは」 「……夢?」
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!