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ビリッと頭に電撃が走る。包丁の刃は、すでに首の皮へ食い込んでいる。熱い。ああ、痛い……。
だめだ。考えるな。振り返るな。このまま逝くべきだ。
見てはいけない。禁忌に触れてはいけない。知らないほうがいい。
日付が変わる――。
「ふゆか、ちゃん」
僕は……振り返ってしまった。
〇時〇〇分。
冬花ちゃんを、見てしまった。
彼女は……笑っていた。
ざあっと体中の血液が凍りついたように思えた。
ああ、魔法が解けていく……。
僕の背中に抱きつく冬花ちゃんの力には、変化が起きていた。
必死に包丁を取り上げようとしていたのに、いつの間にか彼女の手は僕の首に絡みついていた。細い指先に力が込められ、縄のようにぎりぎりと締め上げてくる。
プツンと自分の中で何かが切れた。
死にものぐるいで体をよじらせ、あらん限りの力で冬花の手を振り払った。
「きゃっ!」
その拍子に、僕の手から包丁がすっぽ抜けた。甲高い音を立てて床に転がったそれを、冬花は血相を変えて掴もうとする。
そんな彼女の両手を掴み、強引に床へ組み敷いた。
「冬花ちゃん、どうして笑ったの?」
月明かりに照らされた冬花の表情が、血の気を失ったように凍りつく。
僕らの荒い息が重なり合う。僕は、組み敷いた冬花の顔をじっと見下ろしながら、自分自身の明確な心の変化に戸惑っていた。
――こんな女だっけ?
あんなに愛おしく、彼女に必要とされるなら、他には何もいらないとさえ思った。
それなのに……目の前にいる女は、一体何者だ?
自分の脳みそが、どんどん冷たくなっていく。僕は存在を確かめたくて、彼女の手首をさらに強く締め上げた。
「痛いッ!」
冬花は悲鳴をあげ、激しく体をしならせた。
「離しなさいよ!」
僕をきつく睨みつけてくる彼女は、もう僕の知っている冬花ではなかった。
きっと彼女にとっても、僕はもう他人なのだろう。
ふふふ、と頭上から笑い声が降ってくる。視線をあげると、ヨルは楽しそうにベッドの上へ寝そべり、冬花のショルダーバッグの中を漁っていた。
少しの間があって、ヨルが中から取り出したのは――果物ナイフ。鋭利な先端が、ぎらりと鈍く光る。
それを見た冬花の表情が強ばる。
「ヨルちゃん、やめてよ」
「最初から、僕を殺すつもりだったの?」
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