10 八月二十日(土)(十日目)

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 ビリッと頭に電撃が走る。包丁の刃は、すでに首の皮へ食い込んでいる。熱い。ああ、痛い……。  だめだ。考えるな。振り返るな。このまま逝くべきだ。  見てはいけない。禁忌に触れてはいけない。知らないほうがいい。  日付が変わる――。 「ふゆか、ちゃん」  僕は……振り返ってしまった。  〇時〇〇分。  冬花ちゃんを、見てしまった。  彼女は……笑っていた。  ざあっと体中の血液が凍りついたように思えた。  ああ、魔法が解けていく……。  僕の背中に抱きつく冬花ちゃんの力には、変化が起きていた。  必死に包丁を取り上げようとしていたのに、いつの間にか彼女の手は僕の首に絡みついていた。細い指先に力が込められ、縄のようにぎりぎりと締め上げてくる。  プツンと自分の中で何かが切れた。  死にものぐるいで体をよじらせ、あらん限りの力で冬花の手を振り払った。 「きゃっ!」  その拍子に、僕の手から包丁がすっぽ抜けた。甲高い音を立てて床に転がったそれを、冬花は血相を変えて掴もうとする。  そんな彼女の両手を掴み、強引に床へ組み敷いた。 「冬花ちゃん、どうして笑ったの?」  月明かりに照らされた冬花の表情が、血の気を失ったように凍りつく。  僕らの荒い息が重なり合う。僕は、組み敷いた冬花の顔をじっと見下ろしながら、自分自身の明確な心の変化に戸惑っていた。  ――こんな女だっけ?  あんなに愛おしく、彼女に必要とされるなら、他には何もいらないとさえ思った。  それなのに……目の前にいる女は、一体何者だ?  自分の脳みそが、どんどん冷たくなっていく。僕は存在を確かめたくて、彼女の手首をさらに強く締め上げた。 「痛いッ!」  冬花は悲鳴をあげ、激しく体をしならせた。 「離しなさいよ!」  僕をきつく睨みつけてくる彼女は、もう僕の知っている冬花ではなかった。  きっと彼女にとっても、僕はもう他人なのだろう。  ふふふ、と頭上から笑い声が降ってくる。視線をあげると、ヨルは楽しそうにベッドの上へ寝そべり、冬花のショルダーバッグの中を漁っていた。  少しの間があって、ヨルが中から取り出したのは――果物ナイフ。鋭利な先端が、ぎらりと鈍く光る。  それを見た冬花の表情が強ばる。 「ヨルちゃん、やめてよ」 「最初から、僕を殺すつもりだったの?」
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