10 八月二十日(土)(十日目)

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 冬花は僕にゆっくり顔を向けると、無言で懇願するように首を振る。それが嘘なのか、本当なのか。僕にはわからない。  無言で探るように互いを見つめる僕たちを、ヨルは嘲笑する。 「ねえ」  僕らは同時にヨルを見上げた。 「あなたたちは、まだ友達?」  愕然とした。  この十日間の出来事は、すべて記憶に残っている。  だが、悲しいほどに、僕はもう冬花に対して『他人』以上の感情を持つことはできなかった。  冬花にとっても、もう僕は他人なのだろう。僕を疎ましげに見上げる彼女の視線は、痛いほど辛辣だ。僕は冬花を組み敷いたまま、ごくりと唾を飲み込む。 「……どっちが死ぬべきだと思う?」  冬花の瞳が、揺れる。  細くて白い喉が、ごくりと唾を飲み込む。  そうだ。僕らは、もう友達なんかじゃなかった。  冬花と初めて出会ったあの日――。  見ず知らずの彼女を介抱し、挙げ句、家まで送ろうとした僕の好意。  今ならわかる。あれは、ヨルによって創られたものだったのだ。  その証拠に、僕は今、彼女に対して微塵の好意も抱くことができない。  僕が一生働いても手に入れられないような金を手にし、大勢の友人たちと共に過ごす、華やかな生活。  さらに、僕が喉から手が出るほど欲している『友達』を『スペア』だと言い切って。  いつかの朝。帰宅途中に、彼女の家の庭で目が合ったシーンが蘇る。  冷たい視線。嫌なものでも見るような、あの目……。  それは今も変わらない。  僕を見上げる冬花の目は、汚物でも見るような、嫌悪感で満ちている。  ――気持ち悪いと言い放った岡田へ向けた視線と同じだ。  何様だよ。  ようやくわかった。僕は彼女のことが最初から嫌いだったんだ。  そして、きっと彼女も僕のことが嫌いなのだ。  冬花の首に、そっと両手かける。形の良い唇が、「まって」と動く。両手で僕の胸を乱暴に叩き、両足で蹴り上げようとする。  そのすべてが憎たらしかった。  締め上げる指の力が、どんどん強くなる。  誰か、止めてくれ。  嫌だ。こんなこと、したくない。でも、誰も僕らに気づいてくれない。  冬花は声にならない悲鳴をあげ、ガリガリと爪で僕の手の甲を引っ掻いた。 陸にあがった魚のように、冬花は体をばたつかせる。遠くなっていく意識の外側で、ヨルの哄笑が響く。  僕は一生懸命、彼女の命を奪おうとしている。
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