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胸の内に熱いものが込み上げてくる。視界がぼやけて、涙が自分の意思とは関係なくとめどなく溢れて流れていった。躊躇うことなく、僕は冬花ちゃんの体をきつく抱きしめた。
ヨルは魔術が解けても十日間の記憶は残ると言った。
僕が冬花ちゃんに対して抱くこの気持ちは本物だ。
ぎゅう、と互いの存在を確か合うように、僕らはきつく抱き合う。
このぬくもりは、仮初めではない。たった一人、僕のことを特別だと思ってくれる人がいる。
これほどの幸せを味わえたのだ。
僕にとって最初で最後の、本当の友達と呼べる人が出来たのだから。
彼女の記憶に、僕が本当の友達だった刻みついたままいなくなれるのなら、僕の存在は無駄ではなかったということだ。
僕は彼女の肩を優しく叩き、時間をかけて立ち上がる。ベッドに腰掛けたままのヨルを睨みながら、枕の下から包丁を取り出した。
冬花ちゃんは一瞬怯んだように身を反らしたが、決して他意はないと首を振って応えた。
「なるほど。北村さんにするんですね」
ヨルはにやにやと笑みを浮かべたまま、細い足を組み替えた。
「えっ? ちょっと待って、北村くん。どういう……」
「そのままの意味。僕が死ぬ」
「北村くん! やだっ!」
冬花ちゃんはすかさず僕に駆け寄ってくると、背後から抱きしめた。
「大丈夫。冬花ちゃんのこと、恨んだりしないから」
「そんな! ねえ、なんとかならないの? ヨルちゃん、お願い!」
「契約は絶対ですから」
冬花ちゃんが僕の背中で咽び泣く。携帯電話を取り出して、ディスプレイを確認すると時刻は二十三時五十九分になっていた。
あと、一分。
冬花ちゃんの泣き声を聞きながら、僕はなんだか清々しい思いがした。
生まれてから、ずっと誰かに疎まれてきた。
だから自分が死ぬ時は、きっと一人なのだろうとどこかで諦めていた。
――落ちるところまで落ちてやれ。
僕が落ちた先は、たしかに死という悲しい結末だったかもしれないが、僕にとって見ればそれは大団円の幕引きだ。
――楽しかったな。
包丁の柄を握り締める。まさに、三度目の正直だ。
ふと……腹の奥から微かな疑問が湧いた。
冬花ちゃんのショルダーバッグには、一体何が入っているんだろう?
待てよ、北村太一。
お前は、いつから彼女に友情を抱いたんだ?
もしや――……?
僕自身が、友達化されている?
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