美しく優しい人

1/2
前へ
/8ページ
次へ

美しく優しい人

「そっかー、それは嫌だね」 「そうなんだよー。上司のやつさぁ、僕にばっかり嫌な仕事押し付けてくんの! すぐ怒鳴るし!」  僕のストレスの原因は多くある。まずは仕事、それから家庭だった。  先輩と後輩に挟まれ、冷めた妻とそちらを味方する娘に挟まれる日々。家でも外でも攻撃され、落ち着ける空間なんかなかった。 「そんな中で頑張って稼いでるのに、うちの妻は感謝しない。幼い娘だって早い反抗期だよ」 「えっ、奥さんと娘さんいるんだ……!」 「うん。妻も僕も愛情なんて冷めきってるけどね。森川さんは旦那さんとかいるの?」  乾いた笑いで占めて、ジョッキを傾ける。もう何杯めだろうか。話始めたら心地よくなって、思いのまま飲んでいた。  捌け口が一人酒の男にとって、優しく受けとめてくれる存在は身に染みる。 「あれ、もしかしてもう随分酔ってる? 大丈夫?」  上目遣いで見つめられ、初恋の感覚を思い出した。今の妻が初恋の相手――だと思い込んでいたが、薄れた記憶にて、既に経験していたのかもしれない。そして、それはもしかしたら。 「酔ってるかも。でも明日は休みだしいいんだー」 「うーん、でも一旦お会計して外の風でも浴びない?」 「そうするー」  腕を組まれ、寄り添うようにして僕らは居酒屋を出た。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加