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美しく優しい人
「そっかー、それは嫌だね」
「そうなんだよー。上司のやつさぁ、僕にばっかり嫌な仕事押し付けてくんの! すぐ怒鳴るし!」
僕のストレスの原因は多くある。まずは仕事、それから家庭だった。
先輩と後輩に挟まれ、冷めた妻とそちらを味方する娘に挟まれる日々。家でも外でも攻撃され、落ち着ける空間なんかなかった。
「そんな中で頑張って稼いでるのに、うちの妻は感謝しない。幼い娘だって早い反抗期だよ」
「えっ、奥さんと娘さんいるんだ……!」
「うん。妻も僕も愛情なんて冷めきってるけどね。森川さんは旦那さんとかいるの?」
乾いた笑いで占めて、ジョッキを傾ける。もう何杯めだろうか。話始めたら心地よくなって、思いのまま飲んでいた。
捌け口が一人酒の男にとって、優しく受けとめてくれる存在は身に染みる。
「あれ、もしかしてもう随分酔ってる? 大丈夫?」
上目遣いで見つめられ、初恋の感覚を思い出した。今の妻が初恋の相手――だと思い込んでいたが、薄れた記憶にて、既に経験していたのかもしれない。そして、それはもしかしたら。
「酔ってるかも。でも明日は休みだしいいんだー」
「うーん、でも一旦お会計して外の風でも浴びない?」
「そうするー」
腕を組まれ、寄り添うようにして僕らは居酒屋を出た。
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