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目的地も定めず、煌めく町を歩く。
この時間、妻子は家の中だ。支えられて歩いていても、視線を怖がることはない。見られさえしなければ、不倫だの浮気だのと責められることもないだろう。
同僚には会っても言い訳できるしな――って何考えてるんだ俺は。そもそも不倫とかじゃないしー。誘ってきたのは彼女だしー。
ぼうっとした頭で森川さんを眺める。三十代だと思えない艶髪だ。
「覚えてる? 小学生の頃、私すっごいブスでさぁ」
顔面が上がってくる。乱反射する瞳に捉えられ、一瞬反らしそうになった。だが、平然を装って笑う。こんな美人、ブスな訳ないじゃんね。
「そうだったっけ? 可愛かった気がするんだけどな」
「……そう?」
一瞬の戸惑いと照れ笑いが、初心な可愛さを醸す。なぜか僕まで頬を赤らめてしまった。
「……や、山本くん、あの、さ」
発声と共に、視線が地を向く。躊躇い気味な言葉使いは、僕の意識を更に引き寄せた。
森川さんの足が、不意にブレーキをかける。自動的に僕の足も止まった。
「一夜だけ、駄目かな……?」
繋がっていた腕に、柔く力が加えられた。先程より密着した胸が、僕の心臓を少年に戻す。こんな風に、高鳴るのはいつ以来だろう。
いや、冷静になれ、そもそも彼女はまだ何も言ってない――冷風を手繰ろうと顔をあげた先、ラブホテルが見えた。
「ね、やっと会えたんだし、特別な日にしたいの」
緊張の中にいるのか、彼女は俯いたままだ。それもそうだろう。妻子持ちの男を誘うなんて、問題になりかねない。僕だって、もし入館を見られたら死活問題だ。
けれど、時にはまっすぐな感情に身を任せたい。
「いいよ」
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